2009年09月19日

437号 大崎玄蕃、徳川家康と和解する

今が、ますます幸せだと気がツクには437号
大崎玄蕃、徳川家康と和解する
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「大崎玄蕃殿とやら
最後に貴殿に一つだけ聞きたい
西軍を率いて、わしと天下をかけて
大戦をしようとした石田三成を
わざと、大乱を起こそうとした
大悪党ということで
大坂城に監禁するという策を考えた
天下を欺いた人物は、どなたかな」
徳川家康は、今後の徳川家の
生き残る道を見出すと
そう尋ねました
「石田三成本人ではあるまい
直江兼続でも無理だ」
徳川家康は、そう言うと
大崎玄蕃に答えを求めました
もう、徳川家康には、分かっていたのです

また、大崎玄蕃は、そんな徳川家康に
「拙者です」と素直に認めました
「やはり、貴殿か」
「しかし、あれだけの仕掛け
貴殿は、何者だ」
「貴殿には、戦国時代の本当の乱世
信長公と共に戦っていた頃の何かを感じる
あの時に、総大将として戦ったものが持っている
大きな器、視野の広さを感じる
でないとあれだけのことをして
この家康を破れまい」

「武田・・・・・
もしかしたら、貴殿は勝頼殿か」
家康は、しばらく思惑した上で
信じられないという顔でいいました
大崎玄蕃は、そんな家康に
しばらく考えて
「いかにもそうです。勝頼です
ただ、このことは絶対に内密にして頂きたい
勝頼は、今日でいなくなります
大崎玄蕃が存在するだけです」

「そうか。勝頼殿か
しかしよく生きていたものだ」
「すべては武田家の家臣達のおかげ
父、信玄公のお計らいです」
「そうか、信玄公の・・・・」
家康は、その言葉に納得したのか
「信玄公はわしだけでなく
あの信長公も欺いたのだな」
と言うと、嘗て、信長が生きていた時
お互いの家の生死をかけて
戦った相手、武田勝頼を
改めて見ました
こうして対面したのは初めてだったのです

また、そんな家康の目からは
武田家が滅亡した時から
ずっと言われ続けていた
武田勝頼を愚将だとは
まったく見ていない事が
感じられました

いえ、むしろ家康は
信玄が、亡くなった後も
10年ちかく激しく戦っていた
武田勝頼を認めていました
武田勝頼が、ある意味では
信玄公にも劣らない面が
あった事もよく分かっていました

特に、本能寺の変で
信長が亡くなった後
甲斐、信濃を支配して
新しく仕えた武田家の家臣に
武田勝頼のことを聞き
実際に、山国、甲斐、信濃
の民を治める事で勝頼の苦悩が分かりました
あの信長を敵にして
10年間も武田家を守ったのは
武田勝頼だからこそ
できたと思っていたのです
だから、今、大崎玄蕃の正体は
武田勝頼だとすぐに気が付いたのです

また、そんな武田勝頼
大崎玄蕃と名乗るものが
命をかけて
この場に来たことも
今の家康には、分かっていました
旧武田家の家臣の為にも
徳川家が滅びる負け戦は
させたくない気持ち分かったのです

だから、家康は
「武田家の家臣の事はお任せあれ
豊臣に領地を返上する上は
できるだけ、そちらに行くように手配しよう」
そう約束しました
新しく始める徳川家は
できるだけ三河、遠江の従来の家臣で
始める決心をしたのです
そうでないと、三河武士は
納得しないと思ったのです

そして、その家康の言葉に
大崎玄蕃は、心から感謝すると
家康に礼を述べると
使者としての役目を終えようとしました
家康は、そんな大崎玄蕃に
いつでも、訪ねて来られよ
今は、隠居の身
徳川家を救ってくれた使者として
熱く遇しようといいました
武田勝頼と徳川家康は
その時に、歴史的に和解したのでした

また、この大崎玄蕃と徳川家康の和解で
徳川家は、救われました
家康は、石田三成、上杉景勝が
豊臣家に自ら領地返上を
求めたことを確認すると
早速、自らの隠居と
跡継ぎを秀忠に定め
豊臣秀頼公に対して
170万石の領地の返上と
多くの家臣
主に武田家の家臣を
豊臣家に渡しました
武田家の家臣団は
その後は豊臣家の家臣として
明治の世になるまで
繁栄することができたのです



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436号 大崎玄蕃、徳川家康と対面する

今が、ますます幸せだと気がツクには436号
大崎玄蕃、徳川家康と対面する
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9月15日は、大阪城では
五大老筆頭の徳川家康がした
会津上杉征伐の是非を
豊臣政権として、裁くという日でした

家康は、それを江戸城にいて
どんな処罰が下るか
固唾を飲んで待っていました
豊臣家が、今まで、五大老筆頭として
好き放題してきた自分達に対して
黙っている訳がありません
徳川家255万石の改易という処置が
下っても、不思議でもなんでもありませんでした

いえ、戦国大名諸公の多くは
まだまだ領地を欲しがっていました
そんな処置が下る可能性が高かったです
毛利輝元は、この期に、戦に勝利して
徳川家を潰して、大幅に、領地を増やし
今の自分の座、五大老筆頭になって
豊臣政権を自由に動かすことを狙っていました

いえ、それを毛利輝元というよりも
最近まで、自分に必死に取りいって
毛利家の安泰を願っていた
毛利一族の吉川広家や小早川秀秋が
卑しくも、それを主張しているという情報も
家康の耳に入っていました
家康は、困った時にする癖
爪を噛みながら
病でもないのに
床の中で、臥せっていたのです

というのも、そんな徳川家康に
是非に会いたいという
石田三成、上杉景勝からの内々の使者
名前を聞いた事もない大崎玄蕃がというものが
来ていたからです
それで、家康は、会うことになったのです

しかし、家康自身、病という
仮病をしているので
本当は、使者に会う訳には
いきませんでした
そんな家康が、会う気になったのは
石田三成、上杉家の使者だけでなく
家臣の大久保長安が強く、強く願ったからです

というのも、大崎玄蕃という人物は
大久保長安によれば
自分と同じ旧武田家家臣で
織田信長が起こした武田征伐の時に
越後に逃れ、上杉家の家臣として
仕官していた人物だということでした

家康は、何で、そんな人物に
五大老筆頭の自分が会わないと
いけないのかと不満を述べましたが
大久保長安たっての願いと言うことでした
そこに、家康は、何か大きな事情があること
理解しました

それで、床に大崎玄蕃を呼んで
側近のものも側に置かないで
ほしいという条件を飲んで
警護の家臣を何人か置いた中で
病の中をやっと起き上ったという事を
装いながら会うことにしたのです

また、大崎玄蕃は、そんな家康に対して
初めて目通りする御挨拶と
丁寧にお見舞いの言葉を言うと
本題の要件を述べました

まず、大崎玄蕃は、今日の豊臣家の評定で
上杉家、石田家は、堂々と正論は述べますが
喧嘩両成敗の法もある事なので
上杉家は125万石は、太閤秀吉が与えてくれた会津の土地を
豊臣家に返上して、代わりに元の領地越後貰うこと

すなわち、越後、佐渡、出羽国の米沢、庄内の大名
80万石の大名として新しく上杉家はやっていく事と
石田三成も、近江佐和山19万4000石から
10万石を、豊臣家に返上して
9万石の大名になることを告げました
二人から、そのことを
毛利輝元、宇喜多秀家に申し入れをして
見事な決断ということで
認められること
そうもう話は、内々で
決まっていることを告げたのです

しかし、それは、徳川家康に驚きでした
家康は、上杉家、石田家が
領地を豊臣家に返上するとは
夢には思っていませんでした
上杉家、石田家は、自分の正当性を
主張して、領地の返上に応じないと
思っていました

上杉家が、謙信公以来の領地
越後に、どうしても戻りたがっていることは
承知していましたが
ここまでして戻るとは思いませんでしたし
あの自信過剰の石田三成も
自分の非を認めるような
領地の半分も返上することを
自ら、申し入れる事も
豊臣の領地になるとはいえ
とても信じられなかったのです


でもそれで、賢明な徳川家康は、大崎玄蕃の言葉で
大崎玄蕃が、自分に何を伝えたいのか分かりました
「石田殿、上杉殿は、徳川家からは
何万石、領地を、豊臣に返上したらいいと考えているのだ」
とそれで、大崎玄蕃に聞いたのです
「上杉家は、会津上杉征伐の両成敗で3分1
石田三成は、西軍を戦に招こうとした事で半分
徳川家は、二つの罪で、3分の2が妥当かと」
「170万石か。わすが85万石の大名になれというのか」
「それぐらいして頂かなければ、西軍は納得しません
戦になれば、領地が増えるのですから」
大崎玄蕃は、そう言うと続けて、
「それに、新しい徳川家が、今後、豊臣政権の元で
やっていくには、手頃な領地
この関東に地で、100万石を持っていたら
いずれ、お家は危ないかと
次の後継ぎ、秀忠様の為にも
これは、長い目で見れば、
悪い事ではないと思います」
「わしに隠居しろということか」
家康は、二つ目の条件が
それだということを察するといいました
大崎玄蕃は、そんな家康に、苦笑いすると
「徳川家康殿が、五大老筆頭を降りると言っても
五大老の一人として復帰すれば
毛利殿、宇喜多殿もびびって、何も発言出来ますまい
とても徳川家の五大老復帰を認めますまい」
「徳川家は、いい世継ぎをお持ちかと
あの温厚な秀忠殿であれば
上杉殿、宇喜多殿、前田殿と一緒に
この日本国をよくできるでしょう
徳川殿は、まだ、東軍として
戦を一切してはござらん
これが、妥当な処置かと思います」

「あの不忠者の秀忠が
よき世継ぎか・・
分かった。もし、上杉家、石田殿の処置が
大坂城の想定で、そう決まったというのであれば
この家康、二人の正義に感銘を受けたという事で
隠居と、豊臣家への領地返上を申し入れよう」
家康は、そう答えました
この大崎玄蕃のような人物が
敵にいれば、とても戦には勝てない
もう戦をするという
戦いの気持ちはなくなったのです

それに、大崎玄蕃のいう通り
そうしないかぎり
徳川家は、生き残れませんし
255万石という豊臣家も凌ぐ領地が
自分以外のだれにでも
継ぐことができない事も分かっていました
すべての重荷を下ろして
隠居するのも悪くないと思ったのです

しかし、家康は、今自分の前で
堂々と接している大崎玄蕃という人物に
一つだけどうしても確かめたいことがありました
大崎玄蕃が、単なる使者でないことが分かった今
それを尋ねたのです



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435号 大崎玄蕃決意を語る

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大崎玄蕃決意を語る
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しかし、石田三成や上杉景勝は
9月15日、大阪城で
徳川家康がしようとした会津上杉征伐が
果たして正しかったのか、間違っていたのか
上杉景勝の家老、直江兼続が出した
直江状で言うように、徳川家康は、天下を狙っているのか
豊臣家として、評定する
徳川家康と上杉家との法の戦
正義の戦には、もう勝ったとはいえ
まだやらないといけないことがありました
二人の敵は、もう、家康だけでは
なかったからです

というのも、徳川家康は、
豊臣家の呼び出しに関しても
病気を理由に
大阪に上洛することに
頑なに応じようとはしませんでした
行っても、もうどうする事もできない
罪を言い渡されて
捕えられることが分かっていました
そこに、のこのこ行く程
家康は、お人よしではなかったのです

だから、9月9日になっても
家康が、江戸城を発ったと
いう知らせは入っていませんでした
この分では、家康が、9月15日に
来る事は事実上無理です
上杉景勝の不戦勝は確定していたのです

でも、石田三成、上杉景勝には
徳川に勝ったからと言って
喜んでいる時間は、そんなにありませんでした
何故なら、最後の詰めが残っていたからです
しかもそれを、石田三成、上杉景勝に
強く言ったのは、大崎玄蕃でした
大崎玄蕃は、このまま毛利輝元を勝たせすぎてはいけない
第2の家康にしてはいけないと言って
石田三成、上杉景勝、直江兼続は
はっとしました
大崎玄蕃の深い洞察力に驚いたのです

また、その為にも
徳川家を滅亡させることも
いけませんでした
徳川家と、関東での戦
第2回北条征伐のような
戦はさせなくてはいけなかったのです
そんな大きな戦をしたら、毛利家は
今後、大きな力を持つことになるからです

ですが、その徳川家は、豊臣家との戦を
覚悟しているみたいでした
家康は、豊臣家の出頭命令を拒否し
外交で、何とか解決しようとしていました
だけど、それがどうしても、駄目なら
とても飲めない条件を付きつけられたら
戦も仕方がないと思っていました
戦になれば、圧倒的に不利な事は分かっていましたが
小牧・長久手の戦いで、豊臣家の大軍を
やぶったことをあります
何とか、徳川征伐の戦に勝利して
和議に持ち込むつもりでした
そうするしか、徳川家が生き残る道はなかったのです

だから、石田三成、上杉景勝、直江兼続にとって
徳川家康を、どう説得して
降参させるかが、大きな課題でした
どうしたら、どんな条件なら
家康は、納得し、毛利輝元や宇喜多秀家などの
西軍も納得するか
それを考えないといけなかったのです

そして、その中で大崎玄蕃は
石田三成、上杉景勝、直江兼続の前で
一つの決意を述べました

「徳川家康殿に提示する条件が決まれば
お二人の使者としては俺が参りましょう
もう、元武田家臣、大久保長安 にも
繋ぎをとっています」
大崎玄蕃は、最後の仕事して
かつての宿敵だった
徳川家康に、大崎玄蕃として
会う覚悟をしていたのです

しかし、それは、石田三成や上杉景勝
菊姫や直江兼続、お船を驚かせました
家康が、今回の策を考えたのが
大崎玄蕃だと知ったら
武田勝頼が実は、生きていたと知ったら
生きては帰れないと思ったのです
特に、妹の菊姫は、表情からも
すごく心配していることが見てとれたのです

でも、大崎玄蕃の決意は
覆りそうもありませんでした
大崎玄蕃は、本気だったのです

また、石田三成にしろ
上杉景勝、直江兼続にしろ
そんな大崎玄蕃の姿を見ていて
一介の武士になった大崎玄蕃の
徳川家に対する影響力を悟りました

何故なら、旧武田家臣団の多くは
甲斐、信濃を支配した
徳川家臣団の中に組み込まれていました
なので、元武田家の主だった武田勝頼は
旧武田家臣団の繋がりで
徳川家に影響力がありました
それが、徳川家では、内政の
新田開発、金山採掘などをすべて任され
徳川家の影のナンバー2の実力者と言われている
大久保長安 と繋ぎがあるという事で
よく分かったのです

しかも、石田三成、上杉景勝、
直江兼続や妹の菊姫にも
大崎玄蕃が、徳川家康に
命がけで、会おうとしている気持ちも
良く分かっていました

何故なら、徳川家が、滅亡したら
信長の武田狩りから生き残った後
徳川家康に、召し抱えられて
旧武田家臣団も録を再び無くすことになります
大崎玄蕃は、武田勝頼だった時に
武田家を滅亡させて
多くの家臣を路頭に迷わせた
罪滅ぼしの意味でも
行く必要があったのです

だから、そんな大崎玄蕃の決意を
察した石田三成は
「承知した。大崎玄蕃殿に
我らの代表として、家康に会って頂こう」
と答えました
その後、石田三成は
大崎玄蕃が、武田勝頼と分かった時
からの疑問を言ったのです
「しかし、貴殿がいて武田家は
どうして滅びたのですか」
石田三成は、それが、納得できなかったのです

また、そんな石田三成は
大崎玄蕃は、しみじみと
「石田三成殿、時勢の流れには
誰も逆らえない
武田家には、無念でしたが
運がなかったのです
そしてその時勢を理解するには
俺は、まだまだ若かった
俺が、それを理解したのは
武田勝頼ではなく、大崎玄蕃になった時でした
武将としてのたたかうという思いが抜けた時だった
父、信玄が言うように、武田家の御霊を
本心から弔らえるようになった時
俺は、変わることができたのです」
というと、立ち上がり
大崎玄蕃が、今、第2の国元で、婦人の北条婦人と
流行らせているという「玄蕃おどり」という踊りを
踊り始めました

この「玄蕃おどり」は、御霊供養の踊り、豊年おどりの踊り
ということで、広めている踊りですが
大崎玄蕃自身は、甲斐の天目山で
自分達親子の為に、おとりになってくれた武田家臣や
諏訪高遠城で、唯一武田勝頼の為に戦ってくれた
弟、仁科盛信や諏訪の兵の供養
すべての武田家に関わった味方、敵関係なく
御霊達の供養を願っていました

それを武田家の御霊達を意識しながら
一緒に、一緒に踊りながら
「弓をこそかたげ、槍をこそかたげ、大崎玄蕃殿十七太刀(八)をかたいだ
踊りに来ては踊りこそするぞ、えんでひとはけ、えんの花ばかり」
と、大崎玄蕃は、数少ない部分を歌うと
これから自分が、徳川家康に会うことで
戦が、防げるように
旧武田家の家臣が、これからも繁栄できるように
武田家の御霊に応援してくれるように
願っていたのです



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2009年09月18日

434号 大崎玄蕃今回のいきさつを語る

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大崎玄蕃の説明で
石田三成は、天目山で討たれたはずの
武田勝頼が本当は生きていて
西国のどこかで、大崎玄蕃という一人の武士と
して生きていた事には納得しました
上杉景勝、直江兼続が、承知していることです
あの信玄公がずっと前から考えた策
織田信長を最後に騙したことも
できないことはないと思ったのです

しかし、そうすると
謎、西国で、一人の武士として
どこかの主君に仕えていたはずの大崎玄蕃が
どうして、直江兼続からの書状を持って
上杉家の使者として、自分の前に現れたのか
新たな疑問が生まれました
それが、疑問だったのです

それで石田三成は
「武田勝頼公が、大崎玄蕃になった事は
よく分かりました
でも、どうして、その大崎玄蕃殿が
私を助けてくれたのですか」と尋ねました
そのいきさつが知りたかったのです

また、そんな石田三成に対して
大崎玄蕃は、飲んでいた酒を飲み干すと
再び、説明しました
「俺は、一人の武士として
御霊達を弔らいながら
ずっとひっそり生きていることで
満足しています
妹の菊にも、居場所は伝えていますが
殆ど、会っていません
ただ、たまに、大阪に、上洛した時
主君の許しを得て
上杉家の屋敷で、菊姫や景勝殿と
こんな感じで会い
世の中の動き、世情を聞いていました
この戦国の乱世が、どう終わるのか
静かに見届けるつもりだったのです」

「しかし、今回の徳川家康の
会津上杉征伐の話です
俺は、その話を聞くと
主君の了解を得て
妹の菊姫にいる
京都の上杉屋敷に入りました
武士の倣いとはいえ
妹は、人質として京都に留まったままです
戦は、上杉が、徳川に勝っても、負けても
妹は、いつでも、徳川家の人質になる身
せめて兄として、側にいてやりたかったのです」

「でも、その中で
石田三成殿が、立ち上がる噂を聞きました
京都の上杉家の家臣にも
妹を通して確かめさせたら
その噂は、真実ということ
これは、徳川家康の罠だということ
すぐに分かりました
何年も、徳川家康殿とは
生死をかけて戦って
痛い目にもあっています
あの御仁の考えている策は
大体分かるのです」
「それで、私を助けてくれたのですか」
「家康は、本当に恐ろしい人物です
勝頼だった時、武田家の家臣団を
うまく取り入れられました
あのまま、石田殿が、西軍を率いても
家康に、時間が与えたら
必ず、味方を寝返らせるのは必至
勝負は、時の運とは言え
あのまま、石田三成殿が
戦で徳川殿に勝ったかもしれませんが
最善の勝てる策を思い付いたので
急ぎ、会津の上杉家に、妹を通して
使者を走らせ、直江兼続殿、上杉景勝殿に
策を口頭で伝えさせ、了解を頂くと
大阪城に、急ぎ書状を送らせ
届くとすぐに、石田三成殿にお会いしたしだい
間に合って本当によかった」

大崎玄蕃は、そう言いました
7月17日、毛利輝元なりが大阪城に入城して
毛利輝元、宇喜多秀家などの西軍の武将達と
今後の戦をする作戦会議の前に
石田三成に会って、止めさせることに
成功したことに
今更ながらほっとしたのです

いえ、もし、書状が届くのが、もう少し遅れていたら
合戦は間違いなく始まっていました
大崎玄蕃は、そのことを考えると
身ぶるいしました
石田三成には、言えないことですが
たぶん、味方の裏切りで
どんなに善戦しても、負けていたと判断していたのです

また、大崎玄蕃は、そんな石田三成に対して
改めて、姿勢を正して、土下座すると
「よくこの大崎玄蕃の策を用いてくれました
豊臣家の為、天下平安の為
西国諸国を戦に導こうとした
天下の大悪党という
お汚名を受けたまま
大阪城で監禁されていました
この大崎玄蕃感服していました」
と、石田三成に言ったのです
それは、大崎玄蕃の心からの本音だったのです

そして、それに対して
石田三成も、大崎玄蕃に
心から感謝しました
「こちらこそ、大崎玄蕃殿には
心から感謝しています
よくぞ、西軍、東軍と別れた大戦を
止めてくれました
もし、勝ったとしても、負けたとしても
多くの豊臣家の恩顧の大名も
改易することになったでしょう
いえ、まとまりのない西国の諸大名を率いて
果たして勝てたか、どうか」

石田三成は、この間
冷静に西国の味方を見ていて
毛利一族の吉川広家、小早川秀秋など
もう一つ、信頼できない大名が多いことを
感じていました
大崎玄蕃の言う通り
武力で戦っていたら負けていた
法の戦いをして
見事に家康に勝ち
豊臣家を守ることができたことに
心から、ほっとしたのです



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433号 大崎玄蕃が、自分の正体を語る

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大崎玄蕃は、自分の顔を見詰めながら
自分の正体を本当に知りたがっている
石田三成に対して
やがて言いました
「石田三成殿、今から俺が話すことは
絶対に口外はしないで頂きたい
約束して頂けるか」
「承知した。貴殿のことは決して言わない」
石田三成は、そう約束しました
大崎玄蕃が、仮の名前なので
あえて、大崎玄蕃とは言わなかったのです

大崎玄蕃は、そんな石田三成の返答に頷くと
妹菊姫や、上杉景勝、直江兼続を見て
石田三成に、今から話すということを
意志表示すると
「石田殿のお察しの通り
俺は、武田勝頼だ」
大崎玄蕃は、そう言いました
石田三成の予想した名前を告げたのです

しかし、石田三成には
そのことが、なかなか信じられませんでした
たくさんの疑問が、生まれていたのです
「しかし、勝頼公は、確か甲斐の
天目山で討たれたはずでは」
「あれは、影武者でござった
家臣が、我ら親子を逃がす為に
影武者、おとりになってくれたのだ」
大崎玄蕃は、そう言うと
自分達の為に亡くなってくれた
武田家の御霊のことを思うと
静かに手を合わせ祈りました
天目山で亡くなった
武田家臣の御霊達の冥福を祈ったのです

しかし、石田三成には
あれは影武者だったと言われても
なかなか納得できないみたいでした
大崎玄蕃は、そんな石田三成に
ゆっくり、丁寧に説明を始めたのです
「父信玄公は、亡くなる前に
三つ大きなことを遺言と残された
その一つは、自分が死した後は上杉謙信公を頼よれでござった
二つ目は、三年間は喪を秘せて、わしが死んだことは隠せでござった」

「しかし、俺は、二つとも実行できなかった
不詳の息子だった
父は、そのことが分かっていたのだろう
もう一つ、家臣にも内緒の遺言を残された
それは、武田家が、織田信長に滅ぼされる時は
お前は、影武者を使ってでも妻子と共に
密かに落ちて、何としても生き残り
武田家の再興を考えず
今まで武田家の為に亡くなった人達や
亡くなった武田家の家臣の菩提を
生涯をかけて弔え
ゆめゆめ、武田家再興を考えてならぬ
武田勝頼の存在は、孫の代まで隠せでござった」
「それで、名前を隠していたのですか」
石田三成は、やっと少し、納得できたみたいでした

でも、石田三成には、信長公の厳しい
武田狩りからどうやって逃れて
一体、どこに隠れたのか
知りたいことは、まだまだたくさんありました
上杉家が、ずっと匿っていたのかと思ったのです

しかし、大崎玄蕃は、そんな石田三成の予想に対して
「天目山に向かった家臣に心から詫びて
別行動を取った我や親子が、ごく一部の家臣と
姿を変えて向かったのは
西上野でござった
信玄公が、この西上野で
我らがずっと身を隠せる場所を
用意してくれていたのです」

「そして織田信長公の追及がなくなるまで、
迷惑をかけるので、真田昌幸にも
内緒で時期が来るまで待っていた
これが、織田信長公が本能寺の変で
討たれたことを知って
甲斐、信濃、越後が落ち着いたので
越後に入ると、一言、妹の菊に
無事を知らせると
畿内に入ったのだ」

「その時に、こちらのお船殿に
気付かれたのか誤算だったがな
おかげで、俺の存在は
上杉景勝殿、直江殿だけには
分かってしまった」

「なる程
しかし、あの時は、信忠公も討たれて
確か、甲斐、信濃は、主が不在の時
お家の再興を考えなかったのですか」
石田三成は、思わずそう尋ねました
それが、武士の世界の常識だったのです

だけど、その問いに
大崎玄蕃は、首を振ると
「考えなかった
いや、考えなかったと嘘になる
上杉景勝殿、直江兼続殿も
後ろ盾になるからと強く勧めてくれた
でも、武田勝頼は、天目山で討たれた時に
死んだのだ」

「もし、それをしたら
再び、信玄公の遺言に背くことになる
信玄公は、家の再興は決して考えるな
武田家の御霊達を弔らえと
遺言したのでござる
それに、俺が立てば、徳川、北条に付いた家臣と戦い
徳川殿との戦を長引かせ
戦乱で苦しめていた甲斐、信濃の民を苦しめることになる」
「それで、あっさり残念したのですか」
石田三成の言葉に
大崎玄蕃は、頷くと
「上杉景勝殿、直江兼続殿にもそう断ると
俺ら親子は、上杉家の商人の船で
敦賀まで運んで貰い
商人ということで
秀吉公が明智光秀を討った後の畿内
京都や堺もしばらく見学して
目的地の西国のある場所に入ったのでござる」

「後は、父信玄が、亡くなる10年も前から
すべてをちゃんと用意してくれていた
現地でも、本当に大切にして
貰っています
ただ、そこがどこなのかは
ご勘弁して頂きたい
この戦、徳川殿との戦の決着がついたら
妻の待つ、第2の故郷に帰るつもりです
詮索は決してしないで頂きたい」
大崎玄蕃は、そう言うと
自分の過去を話すことを止め
静かに、酒を飲んだのでした



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432号 石田三成、大崎玄蕃の正体を知る

今が、ますます幸せだと気がツクには432号
石田三成、大崎玄蕃の正体を知る
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慶長5年9月9日重陽の日、菊の節句の日
石田三成は、京都の上杉家の屋敷に
お忍びで入っていました

というのも、9月1日
豊臣家から、徳川家康が起こした
会津上杉征伐に関して
上杉家、徳川家、両家の言い分を改めて聞いて
毛利輝元、宇喜多秀家の五大老の二人と
豊臣家の三奉行、三中老によって
9月15日、評定して
徳川家、上杉家を公平に裁くと
いう達しが来たのです

それで、事前にそのことが分かっていたのか
上杉景勝は、すぐに5千の兵を集めると
家老の直江兼続を引き連れると
9月3日に、会津を発つと、越後から
前田藩の領地、越中、加賀の北陸道を進むと
9月7日には、京都の上杉家の屋敷に入りました
そこで、9月15日の評定の準備
徳川家との正義の戦い、法の戦いに勝つ為に
いろんな手を打とうとしていました
その為に、一日も早く、徳川家よりも
先に、畿内に入ろうとしたのです

また、大阪城で、監禁されていたはずの石田三成も
同じように、裁かれる上杉景勝、徳川家康が
自由の身だということもあって
豊臣政権の評定の上
9月7日の日に
無事に解放されることが決まりました
大阪の石田家の屋敷に戻ることが許され
9月15日、評定を受ける為に
大阪城に入城することになっていたのです

だから、そんな石田三成を
上杉景勝、直江兼続は、京都の上杉屋敷に
9月9日の重陽の日で、縁起がいいという事で
密かに招きました
それは、今まで、大阪城で監禁されていた労を労わり
改めて、上杉家の危機を救ってくれた事に
感謝することが目的でした
石田三成は、上杉家にとっては
家康の会津上杉征伐の危機から救ってくれた
最大の恩人だったのです

でも、それだけでなく
石田三成と直江兼続、上杉景勝は
9月15日の前に、事前に会って
いろいろ相談する必要がありました
今後、徳川家康に対して
どう対処して、自分達はどうするか
それを相談する必要もありましたし
石田三成が、大阪城で、決起したことも
どう言うか、話を合わせていく必要もありました

石田三成が、上杉家を救う為に
大阪城で決起することを
上杉家は、事前に知らなかったことにして
石田三成の西軍を戦に巻き込もうとしたことは
上杉家は、関わっていなかったことにする
必要があったのです

ですから、この会合に参加できる人物は
ごく一部でした
石田三成と上杉家が、9月15日の前に
事前に会って、打ち合わせをしたことを
世間に知られない為にも秘密の会議でした
参加メンバーは、石田三成、直江兼続、上杉景勝
景勝の正室、菊姫、直江兼続の妻、お船の五人でした
菊姫とお船は、石田三成の労を労わるというお役もあり
酒と肴などの料理も用意されていたのです

そして、後、一人、この秘密の会議に招かれていた
謎の人物がいました
それが、大崎玄蕃でした
大崎玄蕃も、6名の人物として
対等の立場で、席を用意されていて
堂々と座っていたのです

また、その会議は、最初
普段は、まったく無口な上杉景勝が
丁寧に、頭を下げて
「石田三成殿、この度は当家の危機を
救って頂いて真にありがとうございます」
と御礼を言ったことで始まりました
その主君の言葉に、次々と
菊姫、直江兼続、お船も
石田三成にお礼の言葉を言ったのです

しかし、その後、上杉景勝は
今度は、大崎玄蕃の方を見ると
石田三成の時と同じように
「大崎玄蕃殿も、この度は
当家の大きな危機を救って頂いて感謝します
ありがとうございます」と言って
石田三成を驚かせました
その主君の言葉で
菊姫、直江兼続、お船も
頭を下げ、お礼の言葉を言ったのです

そして、その後、早速、ささやかな宴会が始まりました
菊姫、お船は、石田三成、大崎玄蕃に酒を注ぎ
景勝、兼続も注ぐと、自分達も、少し酒を飲んだのです
でも、ここで、菊姫は、大崎玄蕃に対して
「兄上様、今日は来て頂きありがとうございます」と言って
お酒を注いでいて、石田三成を驚かせました

と言うのも石田三成は、大崎玄蕃という名前が
この男の本名でないということは分かっていましたが
謎の男が、自分のことについて、一切語らないので
あえて聞こうとはしませんでした
聞く事は失礼だと思ったのです

しかし、菊の姫のご縁だという事なので
たぶん、菊姫の実家、今は滅亡した
武田家の重要な人物だと推測していたのですが
まさか、菊姫の兄とは思いませんでした

というのも石田三成は、武田家に関しては
詳しくなかったですが
少し調べさせていて
菊姫の兄にあたる人物は
織田信長公の武田征伐の時に
全部死んでいることは確認していたのです

なので、石田三成は
菊姫に兄がいることに、少し驚きました
信玄公に、隠し子でもいたのかと思ったのです

ですが、続いて上杉景勝が
「兄者に、救って頂いたのは
これで二度目ですな」と言った事で
ますます分からなくなりました
そんな人物がいたとしたら
それは、誰なのか
上杉家が、ここまで、恩を感じている人物か
武田家にいたか
上杉景勝や直江兼続と
堂々と対等に会える人物かいたか
頭のいい石田三成は、必死に考えたのです

その上で、上杉家の歴史には詳しい石田三成が
思いついた人物は、たった一人でした
何故ならあの上杉家が、宿敵だった武田家に救われたことは
唯一、上杉謙信公が亡くなった後
上杉景勝、上杉景虎が争った御館の乱の時です
しかも、その時に上杉家を救った武田家で
菊姫の兄にあたる人物で
上杉景勝からも兄と呼ばれることが
できる資格のある人物は
一人しかいなかったからです
それは、その時の武田家の主で
菊姫を、景勝に嫁がせた
武田・・

でも、続いて石田三成は
その考えを否定しました
そんな訳がない
あの人物は、確か、織田信長公の戦に敗れて
追い詰められて、甲斐で確か、死んだはずだ
石田三成は、そう考えると
訳が分からなくなったのです


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2009年09月17日

431号 裁かれる徳川家康

今が、ますます幸せだと気がツクには431号
裁かれる徳川家康
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江戸城に空しく戻った家康に対して
豊臣方は、いよいよ勢い付くと
ますます孤立かを図りました

まずは、家康が、大軍で
上洛しようとしたのを
戦をしようとしたのではないかと糾弾し
福島正則、黒田長政、池田輝政など
わずかに残っていた
石田三成憎しでいる豊臣家の恩顧大名を
自国に帰国させることに成功しました

家康は、自分を疑っている容疑を
晴らす為にも
福島正則、黒田長政、池田輝政など
最後まで、自分について来てくれた大名に
感謝しながらも
自分で、帰国を進めざる得なくなり
各大名もしぶしぶそれに従いました

福島正則、黒田長政、池田輝政達も
石田三成が、今後、自分達を
どうするか、考えると
とても不安でしたが
万策尽きて、帰国したのです

また、そんな家康に対して
豊臣方は、今度は、諸大名に対して
家康との一切の連絡を禁止させました
家康の容疑が晴れるまで
内密に、家康と連絡を取っている
大名が分かったら、処罰するというのです

しかも、その上で
家康が、前田利家が亡くなった後
再び、再開させた婚姻政策も止めさせ
前田征伐をしようとしていた時に
中止するのを条件に
人質に取っていた前田利家の妻
前田利長の母お松、芳春院を
金沢に戻すように命令していました

いえ、それだけでなく
他にも、人質を取られている大名を調べ
すべて帰国させるように命令して
8月末までに、渋っていた家康に
とうとう実行させました
完全に、徳川家に味方する大名を取り除き
徳川家康を、自分の領地である関東255万石に
閉じ込めることに成功したのです

そして、その上で、豊臣方は
いよいよ、9月15日
今回の戦の大きな原因になった
上杉景勝や徳川家康を大阪城に呼び
大阪城に監禁している石田三成と共に
毛利と宇喜多の二大老
豊臣家の三奉行と三中老によって
会津上杉征伐をしようとした事と
大阪城で、石田三成が、諸大名に
戦を呼び掛けた罪を
裁くことを決定しました

徳川家康に対して
最大1万までの軍勢を率いて
9月9日の重陽の節句までに
大阪城に上洛するように
9月1日に、命令したのです

しかし、それは、徳川家康には
とても飲めないことでした
大阪に、わずか1万の軍勢で入っても
家康ができることは何もありません
大阪には、毛利、宇喜多を中心とした軍勢が
10万以上集まっていて
戦上手の家康とは言っても1万では
戦にはならないのです

しかも、大阪城に入ることはできるのは
家康一人しか許されませんし
味方してくれる大名もいません

何故なら、自分の味方をして情報を送ってくれていた
三奉行の一人増田長盛からの情報も途絶えましたし
秀吉の妻、北の政所なども、家康と連絡とろうとは
しなくなっていたのです
その上に、豊臣が、上杉、徳川以外の
東軍に参加した諸大名を評定の裁きに呼ばないということは
他の大名の罪は、一切、不問にすると言うことを
意味していました
これでは、福島正則、黒田長政、池田輝政などの大名も
自分の味方をするはずがないのです

だから公平に評定すると言っても
家康には、もう結果は見えていました
最悪、自分は、責任を取って自害させられ
徳川家255万石は改易して
豊臣に取り上げられることになる可能性が大でした
いえ、自分なら、絶対にそうすると思っていたのです

でも、それでは、行かないとどうなるかと言えば
ますます、不利になることは明白でした
上杉景勝は、豊臣家からの命令が来ると
すぐに、5千の軍勢で、大阪に向かった
という報告も入っていました
このままでいけば
自分は参加できない欠席評定になって
家康がますます不利になることは間違いありませんでした

しかも、その評定の結果が
家康が、受け入れられないものであれば
戦になることは必至でした
関東の地で
全国の大名の兵を総結集した豊臣軍との戦
第2回北条征伐の再来になるのです

でも、家康は、その戦に勝てる自信は
まったくありませんでした
あの時に、北条氏を支えた巨城
小田原城はもうありません
本城を江戸城にしたことで
小田原城は、規模を遥かに小さくしていますし
江戸城は、わざと小さな城にしていました
豊臣軍、20万の大軍を
くい止めることができる城
拠点は関東にはまったくなかったのです
これでは、野戦に持ち込むと言っても
作戦を簡単に見抜かれて
勝負には、ならなかったのです

それで、結局、徳川家康が取った手は
病になったので
大阪城に行けなくなったと
言う口実で丁寧に断って
家康の裁きが決定した後の
豊臣政権と徳川家の存亡をかけて
交渉することでした
何とか、外交で、徳川家を残そうと
必死の覚悟をしていたのです


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430号 徳川家康追い詰められる

今が、ますます幸せだと気がツクには430号
徳川家康追い詰められる
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8月1日、江戸城に戻っていた
徳川家康は、大きな苦悩の中にいました
豊臣家の使者は、毎日来ていました
しかも、その命令は、「戦を止めよ」と言う命令から
江戸城にいる諸大名をすべて
国元に帰すようにしろと言う命令に変更していました
五大老筆頭の家康に、堂々と命令しているのです

その上、自分が承知していない命令は
従うことはできないと家康が反論すると
「これは、秀頼公の命令です」と
家康が、恐れていた言葉を
豊臣家の使者は言いました
豊臣秀頼の御威光を使ったのです

また、そう言われると
さすがの家康も、反論できませんでした
自分が、今まで、散々使っていた手です
まだ幼い秀頼が、そんな事を言うはずがないことは
諸大名の誰もが、分かっていた事ですが
それでも、秀頼が言ったと言われたら
直接、確かめることができない家康は
表面的にでも、従うしかなかったのです

しかも、家康が、腹を立てたのは
秀頼公が、本当にそう言ったのか
上洛して、大阪城に入って
五大老筆頭の自分が直接確かめると言った時に
徳川殿、上杉殿、前田殿、石田三成は
秀吉公の定めた戦をしては
いけないという法を破ったので
会津上杉征伐に関しての評定で
結論が出るまでは
その協議に参加することは
できないという使者の返答でした
家康を、毛利、宇喜多の二人の大老と
豊臣家の奉行と三中老で
裁くと言うのです
この時、家康は、完全に
自分は、してやられたことを痛感しました
この戦は、自分の負けたことが分かったのです

何故なら、そんな毛利、宇喜多に対して
家康は、これと言った手を
打つことができなかったからです
というのも、家康にとって痛かったのは
西軍の毛利、宇喜多は、戦をまったくしなかったことです

これは、7月17日、大阪城で、石田三成から提案された
戦をしないという大胆な案に驚きながらも
その案に賛同した毛利、宇喜多は、計画していた戦を
一切中止させたからです
毛利輝元は、その為に、慌てて
東軍についた四国の伊予の
加藤嘉明の松前城を攻撃する計画や
九州では、大友義統を誘って
黒田如水と戦わせる戦の計画を
取り止めさせていたのです

だから、毛利家、宇喜多家は
一切戦を、東軍に仕掛けていませんでした
戦をしていたら、今更、そんな命令に
従えないと突っ張ることができても
両家が戦をしていない以上
家康は、秀頼の命を破ってまでも
西軍に戦を仕掛けることはできなかったのです

その上に、大阪城に、勝手に入城して
毛利家、宇喜多家などの西軍を
戦に巻き込もうとした張本人という事で
石田三成は、大阪城に監禁されて
神妙に御沙汰を待っているという情報も
家康にも入ってきていました
石田三成は、何と常に白装束の姿でいて
いつでも、切腹の沙汰を
待っているらしいというのです

しかし、家康には、それが
毛利輝元、宇喜多秀家、石田三成の三人が
考えた策だということは分かっていました
誰が、考えついた策なのかは
分かりませんでしたが
うまい策です
おそらく、毛利、宇喜多は、石田三成に対して
毎日、取り調べるということ噂なので
その時に、いろんなことを話しているに
違いないのです

でも、家康には、武断派の福島正則、黒田長政、池田輝政などが
心から、憎んでいる石田三成が、大阪城に監禁されていることで
西軍からいなくなっていることも痛手でした
いくら、これは、偽りだと言っても
福島正則、黒田長政、池田輝政などにも
それが分かっていても
時が、経過すれば
三成憎しの大名達の戦意が
消失してしまう可能性があったのです

いえ、もうすでに、東軍の諸大名の戦意は
無くなっていました
25日、小山評定で、石田三成迎撃を
固く誓いあったのが嘘のようでした
「豊臣家から、各大名は一刻も早く
兵を連れて、帰国しろ」
「従わない大名は、後々処分する」
という脅しの命令が来ると
家康に断って
次々と、大名達は、国元に帰国していきました
各大名は、時勢の流れが
徳川家から、毛利輝元の豊臣家に流れ始めたのを
敏感に感じ取っていたのです

ですから、徳川家康は、一度は
そんな劣勢を逆転する為に
8月3日、福島正則、黒田長政、池田輝政などの
石田三成を、憎んでいる豊臣大名達と共に
徳川の大軍、5万を率いて
五大老の筆頭として、上洛しようとしました
強引に、大阪城を目指して
何とか、戦を仕掛けようとしたのです

しかし、それさえも
甲斐、駿河の国境で
毛利、宇喜多に依頼された
浅野長政によって
阻まれてしまいました
浅野長政は、豊臣家の旗
千生り瓢箪を掲げた兵を
わずか五十人を並べ
家康軍を見事に追い返してしまいました
家康は、豊臣家と戦をする訳にはいかず
空しく、関東の領地に引き返しました
家康自身の威信は、大きく傷ついたのです



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429号 徳川家康の苦悩と黒田如水の嘆き

今が、ますます幸せだと気がツクには429号
徳川家康の苦悩と黒田如水の嘆き
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徳川家康が、同じ五大老の毛利輝元と宇喜多秀家の二人や
豊臣政権の増田長盛・長束正家・前田玄以の三奉行
堀尾吉晴・生駒親正・中村一氏の三中老の
全員の連盟による
「すべての戦を中止せよ
今後、戦をして
太閤秀吉公が作った法を破ったものは
厳罰に処する」
と命令している文を読んだのは
25日の翌日の26日
「小山評定」で、石田三成の挙兵に対して
石田三成や西軍の総大将毛利を討つと決まって
東軍を江戸城に向けた時でした

また徳川家康は、それを知ると
五大老筆頭の自分を無視して
そんな命令を勝手に出した
毛利や宇喜多に激怒しました
そんな命令は、認められないと
豊臣の使者に告げると
無視を決め込んだのです

しかし、大阪城にいない徳川家康は
それ以上のことはできませんでした
どうすることもできなかったのです

しかも、「戦はやめよ」という命令は
家康についていた東軍の多くの大名に
衝撃を与えました
豊臣家の使者は
徳川家康の認めない
という言葉を無視して
他のすべての戦国大名に
豊臣家からの命令の文を
渡したからです

その上に、徳川家康は
それを止めることはできませんでした
他の大名は、徳川家康の家臣ではなく
あくまでも豊臣家の家臣です
豊臣家の使者が渡す命令書を
見るな、受け取るなということは
できなかったのです

また、その豊臣家の命令は
全国の大名に発せられて
各地の大名に衝撃を与えて
早速、大きな効果が現われました

というのも東北では
西軍の上杉軍と東軍の最上軍、伊達軍の間で
戦が開始されようとしていましたが
豊臣家の「戦は中止せよ」という命令が届くと
早速に、両軍は和議をしました
義を重んじる上杉家は、その命令が届くと
直ちに、戦を中止して、兵を引き返し
最上家、伊達家も、それに従ったのです

その上に、豊臣家は、その命令を守らせる為に
目付までも、派遣してきたので
最上家、伊達家は、徳川家康に
断る事もなく
さっさと兵を引きました
東北の戦の危機は、一瞬で終わったのです

しかも、それは東北だけではありませんでした
北陸でも、東軍の前田利長と西軍の丹羽長重が
激しく戦おうとしていましたが
豊臣家の命令が届くと
あっさり、和睦して戦は起こりませんでした
前田利長は、徳川家康に対して
内心は、反発していたので
豊臣家の命令を幸いに
戦を中止したのです

そしてそれは、四国や九州でも同じでした
四国では、毛利家が
伊予の加藤嘉明の松前城を攻撃していましたが
7月23日には、戦を中止せよと言う命令が
毛利輝元から届いていて
すぐに攻撃は中止されました
戦は起きなかったのです

また九州でも、戦は、豊臣家の命令書が
届いた瞬間終わったと言われています
何故なら、天下取りを密かに狙っていた
秀吉の軍師だったことでも有名黒田如水は
その豊臣家からの命令書を
一目見ると、すべてを悟ったと
言われているからです
しかも、黒田如水は
この戦は、西軍の勝利だと断言すると
天下には、自分を凌ぐ軍師がいると
一言寂しそうに言ったと言われています

というのも、黒田如水は、東軍につくと
中津城に蓄えてあった金品や兵糧を惜しげもなく放出し
それに釣られて集まってきた浪人を中心に
3500余りの俄か作りの軍勢を作って
西軍に属する福原長堯・熊谷直盛などの
領土にも攻め込み、豊後を平定しようとしていました

その上に、黒田如水の野心は
それだけではありませんでした
豊後などの九州の北部を支配すると
その後は、同じ東軍の加藤清正も破り
九州の大半を一気に支配して
本土に大軍を向けると
西軍と東軍で、激しく戦っている戦に参入して
家康、輝元、三成を討って
天下を自分のものにしようとしていました
秀吉に天下を取らせた天才軍師だった黒田如水は
この日本の内乱は起きるとある程度長引くと予想していたのです

だから黒田如水をもってしても
この内乱が、たった1枚の命令で
終わるとは、夢にも思っていないことでした
一体、誰がこんな策を考えたのか
石田三成か
いや、官吏的な石田三成に
こんな独創的な事を考えることは無理だ
いったい、どんな軍師が
俺を遥かに凌ぐ軍師が
誰についたのだ
黒田如水は、そう嘆くと
天は、俺には天下を取らさなかったと言って
豊後の福原長堯・熊谷直盛との戦の準備を中止して
天下取りの夢をあっさり捨てると
中津城に戻ると、引き籠ってしまったのです



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2009年09月16日

428号 大崎玄番、石田三成を説得する

今が、ますます幸せだと気がツクには428号
大崎玄番、石田三成を説得する
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石田三成は、この乱を招いた張本人として
自分にまず処分を受けよと言う
大崎玄蕃に激怒しました

しかし、まったく大崎玄蕃は
恐れることなく、平然と
「そうです。殿には、毛利殿、宇喜多秀家殿
了解の元で、しばらく、この大乱を招いた張本人
天下の悪党ということで、大阪城で監禁されて頂きます
白装束で、常に、いたらよろしいかと思います
でも、軍議、評定には
毛利殿、宇喜多秀家殿が
石田三成を厳しく吟味するという事で
直接、会って頂くなり
秘密会談で、会って頂くなりしたらいいと思います
容疑が晴れて、処分が解けるまで
我慢して頂かないといけません
なあに少しの間だけです」

大崎玄蕃は、そう言いました
しかし、石田三成は、なかなか納得しませんでした
何故、豊臣家の為に立ち上がった自分が
処分を受けないといけないのか
理屈では、大崎玄蕃の言うことも分かりますが
感情的に、受け入れられなかったのです

だから、石田三成は、それを
拒否しようとしました
そんなことをしなくても
武力で、徳川家康に勝ってみせる
自分の正義に、10万以上の大軍についてくれた
必ず、戦で、あの家康に勝てる
そう思いたかったのです

なので、石田三成は
「そんなことは無用だ
そんな事をしたら
かえって、西軍は戦を避けていると
家康や東軍に侮られるだけだ
戦で、必ず勝ってみせる」
と一見、もっともらしいことを言って
この議論を避けようとしたのです

しかし、そんな石田三成に対して
大崎玄蕃は、あくまで冷静に一言
「あの秀吉公でさえ
野戦で勝ったことのある
徳川殿に果たして勝てますか
一枚岩になっていない西軍で」
と、石田三成の一番痛い所を
つくと言ったのです

しかも、その大崎玄蕃の表情には
長年、戦を指揮して来た
総大将の武将だけが持っている何か
大きな野戦を、実際にしてきた経験のような
得体のしれない自信のようなものがありました

それで、思わず石田三成は、この大崎玄蕃とは
何者だと思いました
それを体験している武将は
戦国大名でもそんなにいないはずなので
訳が分からなくなって
大崎玄蕃を内心恐れたのです

また、そんな石田三成に対して
大崎玄蕃は、戦の怖さを伝えました
「徳川家康に、時間を与えたら
必ず、西軍を切り崩しにかかるでしょう
毛利家も一枚岩とは思えません
必ず、裏切りものが出るでしょう
徳川家康の力を侮ってはいけません
殿には、誰か、東軍の人物を
寝返らせる自信がありますか」
そう大崎玄蕃は、言ったのです

その上、その大崎玄蕃の言葉には
人としての人間の悲しい性が
感じられました
この人物は、人の裏切りの
怖さも知っている
石田三成は、大崎玄蕃に
自分には、ないものを持っていることが
良く分かったのです

そして、そんな石田三成に
大崎玄蕃は、しみじみと
「また、殿が、例え、徳川に勝ったとしましょう
それで、どうなりますか
天下が治まりますか」
「治まる。あの奸物さえいなくなれば
天下はまとまる」
石田三成は、そう言いましたが
大崎玄蕃は、少し、悲しそうな目をすると

「治まります。今度は、毛利輝元殿が
徳川家康になるでしょう」
「毛利殿はならん。毛利家には
天下を狙わないという家訓
毛利元就の遺言があると聞く」
「確かに、今、毛利殿はそんな事は
考えていないでしょう
でも、実際に、徳川家康を破り
東国の多くの戦国大名を改易して
最大の実力者になったらどうでしょうか
君子豹変しないと言えないでしょう
それが、人と言うものです」

「それに、殿は
徳川家康を倒した後
一体、家康をついた
豊臣家恩顧の武将達を
どうするつもりですか」
「知れたこと
豊臣家の恩義を忘れて
家康についたものなど
滅びたらいい」
石田三成は、そう本気で
怒りを持って言いました
福島正則や黒田長政、加藤清正
などの豊臣家の武断派に対して
本気で、怒っていて
徳川家康と同じように
家を滅亡しても仕方がない
それは天命だと思っていたのです

でも、大崎玄蕃は
「彼らは、豊臣家を裏切った
つもりはないでしょう
それに、そのような結果を
亡き太閤秀吉公が喜ぶでしょうか
かつては、秀吉公の為に
共に、命がけで戦い
同じ夢を持ったもの同志では
ありませんか」

「石田三成殿
家康に勝つには
同じ土俵、戦で戦ってなりません
家康が、戦で戦うなら
殿は、法で戦いなさい
そうすれば、負けはしません」

「今、戦国武将の多くが
本当に望んでいることは
この戦を一刻も早く終わらせ
折角、自分が登り詰めた
戦国大名としての地位を
何とか守ること
戦で勝って、領地を
増やすことなど
どの戦国大名も求めていません
それを西軍が、見事に実現したら
自ずと、戦を起こして
天下を取ろうとする家康は破れます」

「今後の豊臣家の繁栄の為に
太閤秀吉殿が作った秩序、法を
殿自ら壊してはいけません
家康に、明確に破らせて
豊臣家の名前で、討てばいいのです」
「分かった。家臣と相談して
毛利殿、宇喜多殿とも、よくよく相談してみよう」
矢継ぎ早に、たたみ込むように
必死に、言っていた大崎玄蕃に
とうとう、石田三成は、そう答えました

というのも三成自身、今は、敵対していますが
秀吉公の元に、共に戦った仲間だった武将を
討ちたくはありませんでした
中には、福島正則や黒田長政とは違って
山内一豊や田中吉政や浅野長政の息子浅野幸長などの
滅ぼしたくない仲間もたくさんいたのです

しかも、石田三成自身
この大崎玄蕃の案が
内心、非常に気に入っていました
法の戦いであれば
大阪城の秀頼公を握っている西軍が有利でしたし
家康に負ける気はしなかったのです
それにやってみてから駄目だったら
戦で勝負することも可能です


だから、石田三成は
家臣の島左近などに相談して
例え、島左近が驚いて反対しても
自分の策として
毛利輝元、宇喜多秀家に
提案するつもりでした
これなら、戦を避けたいと思っている
毛利殿も喜んでのるだろう
今の石田三成には
それが、最善の策だと思えたのです


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427号 大崎玄番、秘策を明かす

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7月17日、大阪城で
上杉家の家老、直江兼続の紹介で
初めて、会った大崎玄蕃に対して
その持っている、徳川家康を破る秘策とは何かと
丁寧に尋ねた石田三成に
大崎玄蕃は、静かに答えました

それは、
「殿は、これから、毛利輝元殿や宇喜多秀家殿と
協議して、何をするつもり」
ということでした
大崎玄蕃から、石田三成に
殿と呼ぶ事で
自分が、石田三成に、
使えるつもりだということを
明確に、意志表示すると
逆に聞いたのです

それで、石田三成は
しばらく考えて
大崎玄蕃という人物に
軍議を明かしていいか、どうか
一瞬迷いましたが
一番の親友である直江兼続が
信頼している武将だという事で
正直に言うことにしました

まずは、家康の家臣、鳥居元忠が守っている伏見城に
輝元の名で開城要求を勧告した後
従わなかったら
攻撃して落とすと
後は、畿内から徳川勢力を一掃するつもりだ


すなわち自分と親密な関係にあった小野木重勝を総大将に
軍勢を与えて丹後に差し向け細川幽斎が籠る
丹後国の田辺城を制圧させ
宇喜多秀家を総大将に、大軍で伊勢国平定に送り込み
大谷吉継は北陸道平定に向かわせ
自分は、佐和山城から西軍の拠点をなす大垣城に入ると
美濃方面を抑えることにする

石田三成は、少し興奮すると
自分の考えていたことを自信満々に言いました
徳川家康が、自分の挙兵を知って後
会津の上杉征伐から、江戸城に戻って
体制を立て直して
西軍に攻めてくる前に
尾張、美濃まで支配下に置いて
尾張、三河、美濃のラインで
徳川軍を迎え討つ
速さが、勝負だと考えているみたいだったのです

しかし、そんな石田三成の考えは
大崎玄蕃には、分かっていたのか
やがて、言葉を選んで
「それは、お止めになるべきです」
と言いました
それで、その意見に
少し、向きになった石田三成が
「なぜだと」聞くと
大崎玄蕃は、自信を持って
「殿は、もう勝ったからです」
と意外なことを言いました
「後は、紙きれ一枚で勝負はつきます」
大崎玄蕃は、そう断言して
石田三成を、驚かせたのです

しかも、智将である石田三成も
さすがに、大崎玄蕃が
何を言っているのか
分からないみたいでした

それで、しばらくして
石田三成が、どう言うことかと
深く尋ねると
大崎玄蕃は、自分の策を言いました

「まず、毛利輝元や宇喜多秀家の五大老の二人
と密かに会って決めることは
この戦いを治める事です
日本国内で、一切戦は起こしてはなりません
まだ、十分間に合います
その為には、こちらから一切
攻撃をしてはいけません
家康を糾弾するような文を
送ってもいけません
一言、毛利輝元、宇喜多秀家
二人の五大老の連盟の名前で
徳川家康や、上杉景勝
他の戦国大名すべてに
戦は、起こしてはならないと
命令すればいいのです」
大崎玄蕃は、そう言ったのです

しかし、それで、石田三成には
この徳川家康との戦が終わるとは思えませんでした
あの狸爺の家康が、それで納得して
戦を止めるとは思えませんでしたし
このまま戦が終わって
家康の地位が元に戻って
大阪城に戻ったら
一体自分達は、どうなるのだ
石田三成は、そう思うと
「馬鹿な、そんな事で徳川家康に勝てるか」
と言ってしまったのです

でも、そんな石田三成に対して
大崎玄蕃は、「その策なら唯一勝てます」と
答えると
「確かに、そんな文を見たら
家康は、激怒するでしょう
東国の戦国大名も、最初は承知しないでしょう
しかし、家康の方から、西軍に攻撃をすることは
躊躇うでしょう
後は、矢継ぎ早に、命令を出せばいいのです」
「秀頼公の御威光を持ってか」
ここで、石田三成は、ようやく分かったのか
そう言いました

大崎玄蕃は、そんな石田三成に頷くと
「そうです。家康は、前田利家公が亡くなった後
前田利長を大阪城から追い出すと
秀頼公の名前で、好き放題をしました
五大老の前田家、上杉家にさえ
何でも、自由にできました
殿も、家康を見習ったらいいのです」

「しかし、それで、東軍の大名が納得するだろうか」
「毛利輝元、宇喜多秀家が
すべての大名に公平に対処したら納得せざるを得ないでしょう
まずは、今度の戦の起こした武将の処分」
「家康か」

石田三成は、大崎玄蕃の言葉に期待をこめて言うと
大崎玄蕃は、首を振ると
「それは、後でございます。
この天下の内乱がはじまるのも一刻も早く終わらせ
大阪城に、上杉景勝、徳川家康を呼び出して
五大老の毛利輝元、宇喜多秀家二人で
この乱を起こした武将を
公平に処分すればいいのです
二人ならば、殿の思ったようにするでしょう」

大崎玄蕃は、そう言うと、にやりと笑い
改めて石田三成の覚悟を求めるように
「しかし、その前に、二人の五大老が
公平だということを示す為にも
この乱を起こした張本人を形だけでも処分し
各大名を大阪城に集め
徳川家康、上杉景勝の言い分を聞き
納得する形で、処分するのです」

大崎玄蕃が、そう言った時
やっと、石田三成にも、最初に処分される
張本人が、誰なのか、はっきりと分かりました
「その処分される張本人とは俺の事なのか」
石田三成は、そう、大崎玄蕃を
睨みつけると言ったのでした


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426号大崎玄番、石田三成と会う  

今が、ますます幸せだと気がツクには426号
大崎玄番、石田三成と会う
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石田三成、後の豊臣政権の運命が大きく変わったのは
7月17日毛利輝元が大坂城西の丸に入城して
西軍の総大将に就任した時でした
もうすぐ、毛利輝元や宇喜多秀家などと
今後の軍議をしようという時
上杉家から、一人の武将が、
家老直江兼続の書状を持って現れてきたのです

また、その直江兼続の書状には
石田三成の挙兵によって
上杉討伐に向かった家康の脅威が
おそらくなることで
当面、上杉家が救われたことに対するお礼と
今後のことが書かれていました

もし、このまま、徳川家康が
会津に向かって、上杉家に攻撃してきたら
必ず、初戦に勝利して
徳川家康率いる東軍に、大打撃を与えて
上杉との戦から、東軍が撤退できないようにしてみせる
西軍は、その間に、関東まで進攻したら
上杉軍と、西軍の挟み撃ちで
徳川家康は、滅亡するだろあと
勇ましいことを書いていたのです

しかし、その反面、徳川家康が
石田三成の挙兵を知って
上杉征伐に向かっている軍を
引き返して、自国領の関東に入ったら
上杉軍が、関東の徳川領に侵攻するのは
難しいと書いていました

というのも上杉家の領土、会津の北には
東軍の最上義光や油断のならない伊達政宗がいますし
旧領土になった越後には、堀秀治がいます
この敵を抑える必要もありますし
家康自身、関東をがら空きにして
江戸城を発つ訳もありません

必ず宇都宮城などに有力な家臣を入れて
上杉の侵攻に備えることは明白で
東国では佐竹家と共に、孤立している上杉軍は
四面楚歌の状態で
大軍を関東に向けられる情勢では
なかったのです

しかも、上杉家の家風
正義を重んじる謙信公からの家柄で
相手が攻めてきたら別ですが
一度も攻めて来なかった敵に対して
上杉家から、侵攻することは
主君である上杉景勝の性格からいっても
自分が、説得しても難しいと書いていました


それと、同じく、西軍として戦っている
佐竹家も、佐竹義宣の父、佐竹義重らが
西軍加担に猛反対していて
上杉家が、徳川家を攻撃しても
援護は期待できないという情勢も書いていて
結論として今、上杉が、江戸城を攻撃することはないと
書いていたのです

だから、石田三成は、その直江兼続の書状を読んで
「上杉は、あてにならない」ということかと
不満に言いました
石田三成としては、上杉に、関東に侵攻して貰って
少しでも、江戸にいる徳川軍を牽制して欲しかったのです


また、直江兼続のもう一つの書状は
自分が、初めて見る、大崎玄蕃と
いう人物の紹介文でした
この大崎玄蕃は、景勝の正室
菊姫のご縁がある人物で
主君、上杉景勝の信頼がとても厚く
今後の上杉家の判断を任せている人物で
自分も心から信頼している人物であると
紹介していたのです

しかも、無名ながらも知略もあって
主君、上杉景勝の影の相談相手で
家康を破る、ある秘策を持っている人物なので
良く、良く、聞いて
今後、何かと相談されて欲しいと書いていました
直江兼続も、その秘策に
大賛成だということが感じ取られたのです

それで、石田三成は、自分よりも年配の
大崎玄蕃と名乗る、無口な人物を改めてみました
直江兼続が、そこまで言う人物とは
一体、どんな人物なのだろう
確か、菊姫は、あの信玄公の姫だったので
その菊姫と縁のある人物と言うことは
武田家に関係のある人物なのか
石田三成は、まったく、大崎玄蕃を知らなかっただけに
ものすごく関心を持ったのです

また、そんな石田三成には
大崎玄蕃が、相当な人物だということは
一目見た時に、分かっていました
戦国の乱世の中を
信長、秀吉の元で生きた石田三成には
大崎玄蕃という人物が
乱世の中を、いろいろ経験して
苦衷の中で、しっかりとした意志を持って
生きて来た人物だということは
何となく戦国武将特有の匂いで、分かったのです

その上で、この人物は
軍師、家臣というよりも一流の武将
戦国大名の風格がありました
しかも、その器は
信長や、秀吉並でした
信長と堂々と戦ったものが持つ
何か、得体のしれない風格が感じられたのです

いえ、石田三成は
もしかしたらそれ以上かもしれないと思いました
今、ここにいる大崎玄蕃は
そういった戦国大名が持つ殺気
たたかいというものを超えて
何かを悟った人物に感じられたのです

亡き主君秀吉の持っているあたたかさとは違う
本当のあたたかさを持っている
信頼できる人物に思えたのです

ですから、家康は、大崎玄蕃という人物に
大藩、上杉家を任された人物として
取り扱うことを決めると
早速、直江兼続が言っている
徳川家康を討ち破る策を尋ねました

内心では、石田三成自身
西軍10万が、大阪城に集まったものの
一枚岩になっていないことはよく分かっていて
徳川家康に勝てる自信は持てていなかったのです


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425号 石田三成の挙兵なる

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しかし、そんな上杉家の大きな危機は
佐和山城に隠居していた
石田三成にとっては
待ちに待っていた大きなチャンスでした
いえ、最後のチャンスでした

何故なら、家康は、大軍を率いて
陸奥、東北の上杉に向かったということは
大阪城に、家康の勢力がなくなって
ガラ空きということです
石田三成は、大阪城に入ることができるのです

その上に、天下の眼は
東北、関東に向けられていて
西日本に、徳川家康の目は向いていません

だから今、石田三成が、家康の横暴に不満を持っている
宇喜多秀家を味方にして
親友の大谷吉継などの豊臣家の家臣を説得して
西国の雄、120万石の領地を持ち
一族になる毛利秀元 、吉川広家、小早川秀秋などを
含めたら、200石にも及ぶ
毛利輝元を総大将に担ぐことができたら
西日本の大半の大名を味方にして
十分に、徳川家康と戦うことはできます
石田三成は、それを狙ったのです

でも、自分に人望がなく
仲間も集められず
毛利輝元を担ぐことに失敗したら
もう豊臣家は、終わりだと思っていました
自分は、処分され
上杉家も、滅ぼされます

そうしたら、もう、徳川家康に
逆らう大名は、日本にはありません
後は、大阪城に戻った徳川家康が
豊臣家の大名を各個撃破していけば
もう天下は、家康のものです

秀頼が大人になるまでに
豊臣政権を完全に握って
時期が、来たら、豊臣家を
滅亡させるのも簡単です
その時に、豊臣家の為に
戦う大名はいなくなっているのです

だから、石田三成は
今、立ち上がらないといけませんでした
絶対に負けられない戦をする決心をしたのです
どうしても自分の親友でもある
上杉家の家老、直江兼続がいる
上杉家を、徳川家の横暴から守る必要があったのです


でも、その反面
賢い石田三成には、この会津上杉征伐が
年寄りで、この後、いつまで長生きできるか分からない家康が
自分を誘い出して
自分の天下奪取を果たすため
反対派を一掃する罠の可能性もあることを
承知していました
家康の作戦かも知れなかったのです

だけど、それでも、家康は
立たざるをえませんでした
大きな賭けに出たのです

だけど、その石田三成の賭けは
見事に成功しました
優柔不断な所がある毛利輝元も
家康の横暴と
元毛利家臣で、毛利家の外交を任されていた
石田三成の味方で
安芸武田家の一族の血筋がある安国寺恵瓊の説得で
西軍の総大将になることを承知しました

「もし、上杉家が、討伐されたら
次は、当家です
当家も、家康の支配化に置かれますよ」
という安国寺恵瓊に言葉に
毛利輝元は、そのことはよく分かっていて
安国寺恵瓊の考えを拒否できませんでした

大藩、毛利家を守る為には
家康だけには、天下を取らせるわけにはいかない
東国で、まだまだ農地からの収入を基盤にしている
遅れている徳川家が、天下を取ったら
貿易を中心している豊臣家とは違って
大藩、毛利家の存在を許すはずがないことを
ある意味、賢明な毛利輝元は、よく分かっていたのです

だから、毛利家は、西軍につきました
吉川広家などの一族の中には
反対する人物もしましたが
毛利輝元は、徳川家康と一戦する
覚悟したのです

また、毛利輝元が西軍についたことは
本当に大きかったです
これと、石田三成が7月12日
自分の居城、佐和山城で
大谷吉継、増田長盛、安国寺恵瓊と秘密会議を行い
滋賀県の愛知川に東軍に参加予定の諸将を
食い止める関所が設けたことで、
長宗我部盛親、鍋島勝茂、前田茂勝(玄以の子)らが
足止めを食らい、結果的に西軍への
参加を余儀なくされたこともあって
西軍は、一気に10万以上になりました
石田三成が、少し得意げになるのも
無理はなかったのです

しかも、それは、家康の予想を
遥かに超える兵の数でした
家康は、人望のない石田三成がたっても
大半の西国の大名は、静観すると思っていました
ましてや、あの優柔不断の毛利輝元が
西軍の総大将になるとは
夢にも思っていませんでした

精々、石田三成の味方になるのは
豊臣家の家臣の一部と
五大老の一人、宇喜多秀家ぐらいで
立ち上がったら
上杉征伐を中止して
石田三成を叩き潰し
それを理由に、豊臣家も
抑えようとしていたのです

ですから、家康にとっても
石田三成の挙兵に
西軍が10万以上も集まったという知らせは
大変な脅威でした
計算違いに驚いたのです

しかし、家康は、それでも
石田三成との戦に自信満々でした
いろんな戦に勝利してきた家康には
石田三成の元では、西軍が
決して一枚岩でなれないことは
分かっていたのです

それで、家康は自分の予想していたように
石田三成が、動いたのを知った
7月21日に、江戸城を発つと
7月24日、下野小山に到着
ここで、石田三成の挙兵を知ると
翌25日に今後の方針について
会津征伐に従軍した諸大名を招集して軍議を催しました
後に有名になる「小山評定」です

ここで、動揺する豊臣家の大名達を
うまく石田三成憎しで動いている最有力の福島正則達を
説得することで、大半の大名を味方にして
三成迎撃で評定が決定すると
会津上杉征伐を中止すると
江戸城に戻る決断をしました

江戸城で、しばらく
豊臣恩顧の武将たちの動向や
西国の大名の動きをはっきり掴んで
一気に、石田三成率いる西軍を破り
天下を我がものにしようとしたのです

しかし、そんな家康にも一つだけ気がかりがありました
それは、京都に残した鳥居元忠が預かる伏見城の兵達のことでした
石田三成が、挙兵したのであれば
真っ先に、落とす必要がある城なのに
戦になったという報告はありませんでした

西軍の毛利輝元と石田三成と意見が違っているのか
西軍は、伏見城を攻撃しようとはせず
ずっと、大阪城から動かないという報告に
今までの、自分が経験してきた戦と
何かが違う違和感を持ちながら
江戸城に、東軍を向かわせていたのです


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2009年09月15日

424号 徳川家康の横暴

今が、ますます幸せだと気がツクには424号
徳川家康の横暴
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安土桃山時代の慶長5年7月17日
かねてより誘っていた毛利輝元が
大坂城西の丸に入城して
西軍の総大将に就任することが決まって
石田三成は、得意の絶頂にいました
大阪城には、西日本、西軍10万の大軍が集まり
石田三成は、挙兵宣言を発することができたのです

しかし、ここまで、来るのは
石田三成にとっては
苦渋の連続でした
今、自分が、大阪城にいること自体
奇跡と言ってよかったのです

というのも、慶長3年(1598年)
豊臣秀吉が死んでから
それまで律義者として通っていた
五大老の筆頭とは言え
豊臣家の一家臣のはずの徳川家康は
態度を豹変すると
天下取りの野望に向けて
露骨に走り始めました

まずは、大名同士の勝手な結婚を
禁止している太閤秀吉の法を破って
次々と、縁談をしようとしたのです

でも、その時は、まだ、太閤秀吉に
秀頼のことを任されていた
同じ五大老の筆頭前田利家が、健在でした
前田利家を中心して
徳川家康を除いた他の五大老
毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家や
豊臣政権の五奉行
浅野長政 、石田三成 、増田長盛
長束正家 、前田玄以が
何とか、一致団結して
対抗することで
最大の実力者だった
徳川家康を抑えることができていたのです

でも、それも翌年の慶長4年3月
前田利家が、病死すると
豊臣政権は、実質上、徳川家康の
ものになりました
石田三成は、利家の死を知った
同じ豊臣恩顧の家臣だった
武断派の加藤清正・福島正則・黒田長政・池田輝政・
細川忠興・加藤嘉明・浅野幸長の七将に襲撃されて
その時は、家康の元に、逃げるという機転で
命は助かったものの
家康の仲介で事件の責任をとらされることになりました
奉行職を解任され居城の佐和山城に蟄居となって
大阪城から、去ることになったのです

しかも、石田三成が、大阪城から追放すると
徳川家康は、後はやりたい放題です
まずは、伏見城を二男・結城秀康に預け大坂城に入城しました
徳川家康が、伏見城に居ることは秀吉の遺命であったのに
家康は堂々と背いたのです

その上に、前田利家の後を継いだ
同じ五大老の前田利長や
浅野長政、秀頼・淀殿側近の大野治長などが
大坂城入城中家康を暗殺するという
陰謀を企てたという言いがかりをつけて
浅野長政は本拠である甲斐府中に隠居を命じ
大野治長は下総結城流罪にしていますし
加賀征伐を計画して
前田家を討とうとしました
前田家を滅ぼそうとしたのです

でも、それは、前田利長が
弁明したことで無理があると
判断すると
利長の母、前田利家の妻
お松、芳春院を江戸で人質に
取ることに成功しました
兵を用いずに、前田家を
自分に支配下に置くことに成功したのです

また、それに味を占めると
今度は、陸奥会津若松城主である
上杉景勝に目を向けると
会津上杉征伐を計画しました
前田家と同じように
弁明を求めたのです

でも、謙信公以来
正義を旗印にしている上杉家は
上杉景勝は、俄然と応じようとはしませんでした
有名な「直江状」を
(後世の偽書であるという説が有力だそうです)
家康を送って、家康を激怒させました

それで、家康は、豊臣政権の増田長盛・長束正家・前田玄以の三奉行
堀尾吉晴・生駒親正・中村一氏[の三中老が
出陣を思い留まるよう諫言したが、無視すると
東北・関東・北陸の諸大名に出陣を命じると
多くの豊臣家の大名達を従えて
大阪城を出ると、会津に向かったのです

こうして、謙信公以来
正義の旗印を掲げ
武門の大名として
天下に名前が鳴り響いていた上杉家は
織田信長の時以来の
大きな危機を迎えることになったのです

家康の横暴で
120万石の上杉家は
滅亡の危機を迎え
その中で、上杉家の家老
直江兼続と上杉景勝は
謙信公以来の名前に恥じない
戦をしようとしていたのでした
まさしく現在風に言えば
どうする軍師直江兼続です



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423号関ヶ原の戦い済度 石田三成、法で徳川家康に勝つ

今が、ますます幸せだと気がツクには423号
関ヶ原の戦い済度 
石田三成、法で徳川家康に勝つ
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今日は、2009年9月15日です
また、今日は、今から409年前の1600年に
関ヶ原の戦いが起きた時でもあります
フリー百科事典『ウィキペディア』によると
「安土桃山時代の慶長5年9月15日
美濃国不破郡関ヶ原(岐阜県不破郡関ケ原町)を
主戦場として行われた野戦が行われ
関ヶ原における決戦を中心に、日本全国で戦闘が行われた
徳川家康の覇権を決定付けた戦いである」
とあります

しかし、実は、俺が、9月15日に
関ヶ原の戦いが起きたということを知ったのは
今日の朝、眞朝 の4時半に
済度瞑想をした時でした

いつものように
「今日は、何の日」の資料で
9月15日に起きた歴史事件を
見ている時に、
「1600年関ヶ原の戦い。徳川家康の東軍7万5千人が
豊臣方・石田三成の西軍12万8千人に勝利」
と書いていることを知って
本当に、驚いてしまったのです

と言うのも、俺は、今日から
まったくの偶然ですが
関ヶ原の戦い済度として
石田三成、直江兼続と
徳川家康との戦いを書くつもりでした
俺の、得意の技
シミュレーション小説
逆転小説を書くつもりだったからです
なので、このシンクロ
時の見事な一致に驚いたのです

また、この関ヶ原の戦いですが
読者の中には、歴史に詳しい人もいると思うので
少し、説明すると
関ヶ原の戦いは、
有名な小早川秀秋の裏切りで
西軍が負けて
石田三成、小西行長は捕えられて処刑され
西軍に加わった大名の多くは改易や減封の
処分を受けています

しかも、豊臣家も、徳川家康と直接戦っていないのに
領地の多くを没収されて、天下の覇権を
徳川に騙し取られました
その後、豊臣恩顧の大名は、関ヶ原の戦いで公があっても
豊臣家が、滅亡した後は、次々と改易されています
戦国時代に勝ち抜いた多くの大名や
家臣の運命を変えて
たくさんの人の不幸を生んだ
歴史的な大きな事件なのです

でも、俺は、ずっと前から
この関ヶ原の戦いに関して
石田三成が、西軍として、こうやっていたら
徳川家康に勝てたという一つのアイデアがありました
しかも、それは、今までの歴史研究が言っているような
あの時、小早川秀秋の裏切がなかったらとか
いろんなシミュレーション小説の中で
こう戦ったら、石田三成は、勝てたというものではありません
もっと、独創的なものなので
他には、まだ誰も今まで、言っていない策なのです

その上に、この策は、一言で言えば
全く戦がないもの、戦わないものです
戦上手な徳川家康に対して
戦はどちらかと言えば、苦手というか
少なくても、多くの戦国大名には
戦に勝利した実績がなくて
下手だと思われている石田三成が
戦という手段ではなく
法という自分の得意な分野で
戦いを仕掛け、勝利するというものです
一兵の兵士の血も流さない戦を仕掛け
見事に勝利するというものです
そんなすごい策があるのです

また、俺は、今まで、心の中で
その策をイメージすることというか
時々、そんな思いが出てきて
関ヶ原の戦い後
徳川政権になったことで
結果的に、滅亡した多くの戦国大名や
多くの家臣達を供養していました

こんな戦いだったら
皆さんも、滅びなかったので
良かったのにねと
心の中で言って
慰めていたのです
いえ、霊界から、慰めるお役を
させて頂いていたのです

でも、それを、文章として
形として、縁の花の号として
インターネットで残して
皆さんに、読んで貰って
皆さんと一緒に、関ヶ原の戦い済度
したかったのですが
なかなかできませんでした


というのも、正直言えば、豊臣家の御霊達は
早く書いてと言っていた気がしていたので
早く何とかしないといけない
申し訳ないと思っていましたが
他にも、一杯、一杯、書かないことがあって
なかなか、機会がないので
書くことはできなかったのです

だけど、大河ドラマ「天地人」で
その関ヶ原の戦いのシーンが
もうすぐ放送されます
石田三成、直江兼続の方から見た
関ヶ原の戦いが始まるのです

だから、今年になってから
その時期になったら
俺は、済度として
一種のレクイエム として
成仏を願って書こうと思っていたのです
それを楽しみにしていたのです

しかし、そんな俺も
まさか、9月15日に
関ヶ原の戦いが起きた日に
書き始めることになるとは
夢にも思っていませんでした

しかも、この日は、本当はある人と
武田勝頼土佐の会の人と金沢に行く予定でいました
昨日の晩から、15日、16日の朝までの計画でした
それが、急に中止になって、行けなくなって
来週の22日から24日の祭日が重なる日に
変更になって
むしろ、よくなったのですが
その反面、俺は、有休を二日間、取っていたので
今更、取り消すこともできなくて
家で、時間があるので、長年の懸案だった
縁の花で、関ヶ原の戦い済度しようと思ったのです

だから、本当に、びっくりです
すべては、霊界の計画
シナリオです
霊界のやることすごいです
何でもします
改めてそう思いました

では、今から、心をこめて
石田三成の御霊や小西行長の御霊
関ヶ原の戦いで、負けた武将や兵のことを
願って書かせて頂こうと思います
是非、お読み頂けたら幸せです




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