2017年01月13日

1474号 上杉謙信、武田の領民に塩を送る これが、本当だったのか、後世のつくり話なのかは関係なく、霊的には、本当だと思います。この時に、信玄公と謙信公は、融合したのです

112njfty123.jpg

今がますます幸せだと気がツクには1474号
上杉謙信、武田の領民に塩を送る これが、本当だったのか、後世のつくり話なのかは関係なく、霊的には、本当だと思います。この時に、信玄公と謙信公は、融合したのです
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
2015年1月11日の「今日は何の日済度」ですが
1月11日も、いろんな記念日、歴史がありますが
俺が、特に願わせて頂きたいのは

記念日
○塩の日
1569(永禄11)年、武田信玄と交戦中の上杉謙信が、武田方の領民が今川
氏によって塩を絶たれていることを知り、この日、越後の塩を送ったと
されている。この話が、「敵に塩を送る」という言葉のもととなった。

歴史
1569年 上杉謙信が、塩不足に悩む交戦中の武田信玄に塩を贈る

今日は何の日歴史カレンダー

上杉謙信、武田の領民に塩を送る (永禄11年=1568年1月27日) 1月11日


という事で、今日は
見事に、「敵に塩を送る」という行為で
霊的には、融合した
俺の前世、武田勝頼の父である信玄公と
その最大のライバルで、命をかけて戦った上杉謙信公
川中島の合戦で戦った武田家と上杉家の両家の有縁霊を
願わせて頂きたいと思います

というのも、今日は何の日歴史カレンダーでも
書かれていましたが
今日は、上杉謙信が、武田家の領民に
塩を送った日とされています

しかし、実際の所は
はっきりとは分かっていません
塩を送った話は
後の時代に作られた話で
上杉謙信は、武田信玄に
塩は、直接、送っていないと
考えられているのです

でも、今日は何の日歴史カレンダーや
今日は、何の日のメルマガでは
実際に、起きた事だとしています
俺は、それでいいと思うのです

また、その話を
今日は何の日歴史カレンダーの記事で
簡単に、紹介させて頂きますと

「敵に塩を送る」という言葉がある。
戦いの相手が苦しんでいるときに、戦いの本質とは
関係ない分野で相手に援助を行うことを意味するが、
この言葉は戦国時代、上杉謙信が武田信玄の領民に
塩を送った故事に由来している。

永禄10年(1567)、武田信玄は駿河の今川氏との
同盟を破棄し、甲斐から東海への進出を企てた。
信玄軍は今川氏の領内に侵入する。
これに対して今川氏真は、相模の北条氏康と結び、
信玄に対する経済封鎖を行った。
武田領内への「塩留め」である。



信玄の領地である甲斐と信濃は山国で海がなく、
自国では塩を産しない。
塩は人間の生存に欠かせないものである。
この塩留めによって、信玄の領民は大変な苦しみを
味わうことになった。


武田の領民の苦しみを見過ごせなかったのが、
信玄の好敵手である越後の上杉謙信だった。
天文22年(1553)の第1次合戦以来、
信玄と謙信は、信濃の覇権をめぐって、
4度に及ぶ川中島の戦いを繰り広げてきた。
二人はまさに宿敵同士だったのである。

しかし「義」を重んじる謙信は、敵地といえども
領民の苦しみを見過ごすことができず、
自国の越後で産する塩を信濃に送ることを決意した。
永禄11年(1568)1月11日、謙信の送った塩が
信濃の松本に到着した。

以来、松本では1月11日に「塩市」が開かれ、
現在では「あめ市」として伝承が受け継がれている。
(文/宮本次郎=コラムライター)
今日は何の日歴史カレンダー

本当にいい話だと思います
ただ、今川氏真が、「塩留め」をしたのは
武田家が、駿河に、侵攻する前ですが
これは、うまくはいかなかったと言われています

何故なら、海のない、甲斐、信濃に塩を届けるのは
商人なので、その商人を監視するのは
難しいですし
衰えている今川家の願いに
相模の北条氏康が、本気で従う可能性はありませんでした

しかも、武田家の領土は広くて
越後や飛騨、越中、美濃とも国境があります
だから、駿河から、塩が届かなくなったら
塩の値段が上がって
武田家も困ったかもしれませんが
塩がなくて、領民が、苦しむことはありませんでした
少なくても、そんな記録はないのです

なので、これは、後世の人達の作り話だと
考えられていました
越後の商人が、駿河から塩が届かないならチャンスと考えて
塩を持ってきたことはあったり
それを謙信公が、黙認したことはあっても
実際に、謙信公が、塩を、信濃の松本城に送った事は
ないと思うのです

しかし、上杉公が、本当に、塩を送ったのなら
大したものですし
塩が送ったのが、本当だったのか
嘘だったのかは関係なく
この話が、ずっと、後世に残っていると言う事は
霊的には、本当の話だと、考えたらいいと
俺は、確信しています

即ち、現世では、残念ながら
信玄公と謙信公は、最後まで融合できませんでした
川中島の戦い以後、信玄公と謙信公は
直接、戦う事はなくなりましたが
和解、融合、同盟することはありませんでした

もし、武田家と上杉家が
川中島の戦い以後でも
手を組んでいたら
織田家の台頭を許さず
天下を両家で取れたと思いますが
そんなことは起きなかったのです

だけど、信玄公は、亡くなる前に
困ったときは、謙信に頼れと遺言して亡くなっていますし
謙信公も、涙を流してその死を惜しんでくれ
甲斐、信濃に攻めてくることはありませんでした

なので、謙信公が亡くなった時に
先に亡くなった信玄公と
すぐに霊界で会って
和解していると思います

それで、その事が現世、この世にあらわれて
塩の美談が作られたと思いますし
手遅れでしたが
謙信公が亡くなった後
前世勝頼の俺は、上杉家と和睦
同盟をしているのです

ですから、俺も、そんな意識で
見事に融合した
武田家と上杉家を称えて
今日は、一日、特に晢通力を
両家に届けたいと思いますし
何よりも、今日は、共に
酒を飲みたいと思います

※2015年の原稿を完成させました




参考文献
「今日は何の日のメルマガ」
http://day.dictionarys.jp/modules/daily/


キクのメール番号です
otabaxplat@gmail.com



(ご感想、質問お待ちしています)



縁の花サイト
http://www.geocities.jp/ennohana/

今が、ますます幸せだと気がツクにはサイト シーザー
http://ennohana.seesaa.net/

今が、ますます幸せだと気が付くにはサイト FC2
(全号見れます)
http://ennohana20122323.blog130.fc2.com/




「今日は何の日かな」ブログ
http://ireisaido.seesaa.net/


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
今が、ますます幸せだと気がツクにはシリーズは、メルマガを通して
私とのご縁のある人が、魂からの本当の幸せを得られるように
いろんな情報を、お届けしています
しかも、情報をお届けするだけでなく、読者の皆さんに
具体的に幸せになれる手段、ご縁を提供しています
その上に、読むだけで、不可思議なエネルギーが得られ
読んでいる読者の背景にいる存在が
どんどん救われています
皆さんも、多くの霊達や御霊達を自然に救えているのです
そんなすべての魂を癒す、ある究極のすごいエネルギーも届けているのです
今は、肉体意識なので分からないと思いますが
きっと、あの世に帰ったら分かります
ものすごく感謝されると思います
是非、俺を信じて、どんどん読んで下さい
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

【関連する記事】
posted by キク at 13:33| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック