2011年08月05日

673号「秀吉が、五大老前で、政権返上を伝える」

今が、ますます幸せだと気がツクには673号
秀吉が、五大老前で、政権返上を伝える
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五奉行達が、五大老に説明した後
病の秀吉が、五大老の前に現れると
自分の思いを告げました
直接、もの凄い気迫で
説明したのです

また、それは、秀吉のしみじみと言った
「今のまま、俺が死んだら
折角統一された天下は乱れ
お前達、五大老の中で、必ず対立して
全国を2分する戦が起きて
今、大名になっているものも
半分は、家を潰す事になるだろう」
と断言する言葉で始まりました

また、その事に関して
五大老筆頭の徳川家康や前田利家が
「そんな事はありません
太閤様が亡くなった後も
我ら、五大老が、評議して
五奉行を支え
豊臣家と豊臣秀頼公を支えます
戦は、起こしません」
と口々に言っても
秀吉は、納得しませんでした

「それは無理じゃ
権力と言うものはそんなものではない」
と、秀吉は、あっさり否定すると
五大老の前で、後悔するように
少し咳き込んで
「うう、ゴホン
俺がそうだった
俺が、本能寺の変で亡くなった織田信長公の跡を継いだのは
明智光秀を討った後、清州会議で
織田信忠の嫡男、3歳の三法師様
今の織田秀信を擁立する事に成功したからだが
年齢で考えても、今の秀頼と変わらない
秀頼を巡って、あの時と同じ
あの時以上の大戦があるだろう。うう」
秀吉は、そこで一旦咳き込むと

「俺は、あの時、仲が悪かった柴田勝家殿と争い
徳川家康殿とも戦った
その戦いで、多くの織田家の仲間を滅ぼした
共に、信長公の為に戦った多くの仲間を
死なせたのだ
二度とあんな大戦は起こしてはならない
大名の中には、前田利家や、徳川家康のように
織田信長公から仕えたものもたくさんいるものを
みすみす戦で滅ぼす訳にはいかない
うっほん・・・・
そんな事になったら、一介の百姓から、武将にしてくれた
織田信長公に、あの世で、俺は合わせる顔がない」
秀吉は、そう力強く言いました
それは、歳を取ったと言っても
天下を統一した豊臣秀吉の優れた予知だったのです

「それで、俺は、どうしたら
戦を防げるか、考えた
必死で考えた」
秀吉は、そう苦悩を語ると
一呼吸して、今から一大決心を言うかのように

「豊臣家は、今の政の政権を
放棄する事にした
政には、一切係わらない
だが、それはどの大名も同じだ
どの大名にも、政権は持たせない
どの大名も持つ事になったら
争いは生まれる
ううう、うっほん
政権は、大名が、選んだすぐれた家臣の中から
選挙、一番支持される、実力のあるものが
委託されて、4年から8年の間
任期の間勤めたらいい」

「亡き信長公は
一番、実力のあるものが
政権を運営していたらいいと言う考えだった
ご息子さんにも実力を求めていた
今更、織田信長公、織田家に返す事はできないし
信長公も、そんなものを求めないだろう」
豊臣秀吉は、自分を可愛がってくれた織田信長公に対して
懐かしむように言うと

「政は、一番有能なものがしたらいい
大名は、そんな政を常に監視して
その人物、首相が、私利私欲を
起こさないように
監視したらいいのだ
それなら、信長公も、納得して
この秀吉の大罪を少しは許してくれるだろう
うううねううっうほん」

「それが、秀頼の為でもある
何しろ、天下の政を司る事は
骨が折れるからな」
秀吉は、そう言うと
親友であり、織田信長の時から
共に、仕えた大名、前田利家に同意を求めました
前田利家なら、自分の気持ちを分かってくれると思ったのです

また、そんな秀吉の気持ちは
前田利家には、通じていました
前田利家は、秀吉から、久しく聞かなかった
織田信長の名前を出た事に驚き
秀吉が、柴田勝家などの多くの仲間を
戦で滅ぼしてしまった事を
今でも、後悔している事を知りました
その心が、今でも織田信長公を
心から慕っていた前田利家を感動させていたのです

しかも、天下を取った豊臣家が
自ら、政権を放棄する事は
本当に、驚くべき、潔いよい決断ですし
天下は狙わず、秀頼公を支えて
豊臣政権を守りたいと思っている前田利家にとっては
秀吉の提案も悪くないように思えました

これで、徳川家康を、豊臣政権
天下の政から、合法的に
離す事ができるかもしれない
豊臣家と、我ら前田家、上杉家、毛利家、宇喜多家が
揃って、政から離れたら
五大老の職を辞任すれば
徳川家康も、従わないといけないので
あるいは、徳川家康の野望を防げるように思えたのです

だから、前田利家は、秀吉に対して
「殿下がそう決心したのなら
我ら家臣は、何も言う事はありません」と賛同しました
反対しても、秀吉は、強引に決めてしまうだろうと思ったのです

また、それは、他の毛利輝元、宇喜多秀家、上杉景勝も同じでした
秀吉は、秀頼が生まれると
関白で、自分の身内で、甥であった豊臣秀次さえ
家族や家臣まで、平気で殺しています
反対したら、何をされるか分かりません
それで、毛利輝元、宇喜多秀家、上杉景勝も賛同して
徳川家康も、顔に不満を出さずに賛同しました
秀吉の執念を感じたのです
もし、この場で、断れば、
謀反の疑いをかけられ、蟄居を命じられる事が分かったのです

それで秀吉は、ほっとすると
新しい政のシステムを
五奉行に、説明させると
退席しました

後の残りの秀吉の最大の仕事は
一日も、長く生き残る事でした
何としても、石田三成を首相にした政権が
誕生させるまで
後、1か月、2か月は生きる
秀吉は、ただただ、それを願っていました
織田信長公の霊にも、「上様、後1ヶ月間は
日本の為に、生かして下さい」と
お願いしていたのです


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今は、肉体意識なので分からないと思いますが
きっと、あの世に帰ったら分かります
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posted by キク at 13:10| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 俺の『JIN-仁-』トヨトミ家の復活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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