2011年11月19日

712号「前世の記憶」

今が、ますます幸せだと気がツクには712号
前世の記憶
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
縁の花を一切書かないと
ブログや縁の花のサイトで
読者に宣言させて頂いたのが
10月22日なので
もうすぐ1カ月間が経過します
その間、書きたいのは我慢して
5つの大願の為に
智閥の活動がんばっています

さて、そんな俺ですが
済度の活動は続けていますし
金沢にも、行っています

それで、金沢で、貴重な資料頂きました
これは、済度にとって、大切なことなので
縁の花としてではなく、済度の活動として
書かせて頂きたいと思います

それで、早速、その資料ですが
前世の記憶に関してです

済度の善友が
自分の覚えている前世の事を
発表してくれて
それを文章にしたものなのです

しかも、その前世の記憶は
霊界にいた時のもので
ものすごく、明確なものです

その上に、その前世の記憶を持っている人は
ある学校の先生で
今まで、済度でも、一度も目立った事がない人です
その人が、初めて、注目されたのです
だから、ものすごく信用できると
俺は、思っています

ただ、その前世の記憶ですが
最初は、こんなに明確でなく
残片的なものだったそうです
それが、時間が経過するうちに
一つにまとまったそうです
その事は、理解して聞いて頂きたいと思います


さて、それで、前世の記憶を
皆さんに、紹介しますね
ただし、全文は、長いですし
済度の資料なので
皆さんに、ここでは、一部しかご紹介しません
全文を知りたい人は、直接、俺にメール下さい
その時には、送らせて頂きたいと思います

前世の記憶

私には、前世の記憶があります。前世の私は、とても裕福な米商人の女主人でした
お金があるのをいいことに、自分が、まるで、神であるかのように
勝手気ままにふるまい、周りの人達に、大変な迷惑をかけました
それで、死後「無間地獄」というところに行きました

暗黒の閉ざされた空間に一人ぼっちで、いくら助けを求めても
誰にも助けて貰えず、発狂しそうな時間を延々と送りました

ある時、自分は、傲慢であった
たくさんの人に、迷惑をかけて、申し訳なかったと思った瞬間
自分は、どこまでも続く雲の上にいました

雲のはるか向こうでは、光を配る人達がいて、それを目当てに
たくさんの数えきれない人達が、列を作って並んでいました

霊界は、思いの世界で、想念によって、相応の霊界(修業場)を与えられます
並んでいても、「早くしろ」とか
「こんなに苦しいのに、いつまでも待たせるんだ」と負の感情が抱いた瞬間
足元の雲に穴が開き、再び地獄に落ちていきました。
私も、2、3度落ちました

なんとか、光を貰う事ができ、次の修業場にいきました
そこは、大きな城の下働きで
毎日、お客が来て、24時間が、戦場のような忙しさでした
不平の念を抱くと、また地獄に落ちるので、耐えるしかありませんでした

しかし、ある時、自分から進んで、喜びで、仕事を引き受けないと
駄目だと思った瞬間、さらに、上の霊界での仕事に変わりました

今度は、神社のような、より神様に近いところで
神様の手足となって働いていました

ある日、今まで、順調だった霊界が、急に目的を失ってしまっかのように
混乱し始めました

霊界では、絶対者がいて、全ての霊界は、その方の意思に沿って運営されます
その絶対者こそ先生です

霊界が、こんなに乱れるのはおかしいな。なぜだろうと思っていると
混乱の原因は、先生が前世におりられたからだと教えられました

また、私が、現世に、人間として、生まれ変わることが決まったことを告げられました
でも、私は、人間に生まれ変わることは嫌でした
その旨を指導霊に告げると、空中がスクリーンのようになって
楽しそうな人生の場面を見せてくれました

でも、やっぱり嫌だと言うと
「あなたは、金沢にいる絶対者に願われて、次に霊界に帰ってくる時には
私よりも、はるかに高い次元に生まれ変わりますよ」
「代われるなら私がなりたいところです。うらやましい人生ですよ」と言われました

だけど、それでも抵抗していたら
強い口調で「あなたが生まれるのを待っている者(縁ある霊)が
たくさん救いを待っているのだから行きなさい
とさとされて、前世に生まれて
一念帰命を頂き、無事に、先生に会えたのでした


これが、ある済度人の善友の前世の記憶を
俺なりに、簡単にまとめたものです
原本欲しい人は、済度場か
俺にメール下さいね
待っています


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そんなすべての魂を癒す、ある究極のすごいエネルギーも届けているのです
今は、肉体意識なので分からないと思いますが
きっと、あの世に帰ったら分かります
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posted by キク at 13:44| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 済度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月15日

709号「江戸城開城」

今が、ますます幸せだと気がツクには709号
江戸城開城
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
豊臣秀慶が、大政奉還した後
大名の中心になったのは
豊臣家よりも、石高で凌いでいた
徳川家でした
徳川家は、15代藩主として
英明と期待されていた徳川慶喜が
就任していて
豊臣家の代わりに
大名、大名議員の中心になっていたのです

また、そんな徳川慶喜を中心とした大名は
西郷隆盛首相がしている露骨な大名苛め
藩の赤字を、藩の当主である大名に
押しつけるやり方に
反発していました
対決姿勢になっていたのです

それで、本当は、禁止されている事ですが
徳川家康が、絶対にしてはいけないと言っていた事ですが
裏から、西郷隆盛首相に敗れた
小栗上野介を、動かして
議員達に働き掛けさせて
西郷隆盛首相の藩の財政健全か法案に
反対の姿勢を示していました
このままでは、大名は、存在しなくなると
焦っていたのです

でも、そんな徳川慶喜の態度は
当然、西郷隆盛首相達の反感を買いました
徳川慶喜が、大名は、議員達の内閣に対して
一切、口を出さないという決まりを破るなら
叩き潰すまでだと言う事で
大きく対決姿勢に成っていたのです

しかも西郷隆盛首相は
各大名の影の働きで、
大名に選ばれた議員の中には
法案に、反対する議員が増えて
否決される恐れが出ると
ある強引な手段を実行しました

何と、西郷隆盛首相は
徳川家の本拠地、江戸に
薩摩の藩士を潜入させて
狼藉を行って
徳川の武士を怒らせて
徳川家の武士が
薩摩藩邸を襲わせるようにしました
徳川家の武士達に
武力を使わせて
政治の戦いから、武力の戦いに
持って行こうとしたのです

その上に、その西郷隆盛首相の策は
見事に成功しました
徳川慶喜は、そんな西郷隆盛首相の策を見抜いて
徳川の家臣団を必死で抑えていましたが
人望のない、徳川慶喜では
家臣を抑える事はできなくて
遂に、薩摩藩邸焼き打ち事件は起きてしまったのです

また、それに待っていましたと
西郷隆盛首相は、敏速に動きました
これは、政権に対する
徳川家の反乱だと言う名目で
日本軍を動かして
一気に、江戸に向かいました
江戸を制圧しようとしたのです

でも、これに対して
驚いたのは、徳川慶喜でした
徳川慶喜は、西郷隆盛首相が
そこまでやるとは思っていなかったのです

だけど、こうなったら
徳川慶喜には、もうどうする事もできませんでした
徳川家と、政府の日本軍では
最初から勝負にならない事は
誰にも分かっていました
武力が、違い過ぎるのです

それで、徳川慶喜は、江戸城に集まっている家臣を
ほっておいて、江戸城を去ると
上野の寛永寺大慈院において謹慎してしまったのです

だけど、それでも、西郷隆盛首相は
徳川慶喜を許そうとはしませんでした
ここで、徳川家を完全に潰して
多くの大名の見せしめにしようとしていたのです

しかし、それに、公然と反対した人物がいました
それが、徳川慶喜から、後を任された勝海舟元首相と
今度、3期を終えて、浪人になっている坂本龍馬元議員でした
二人は、他の多くの議員も引き連れて江戸に入ると
西郷隆盛首相と交渉に望みました
西郷隆盛首相に、徳川家をどうするのか
明確な答えを求めたのです

だけど、西郷隆盛首相は
そんな二人を無視して、日本軍を
江戸に入れて
江戸を制圧しようとしました
その後、勝海舟、坂本龍馬に会ったら
何も言えないと思っていたのです

でも、勝海舟元首相は、江戸の火消しに
江戸の町を焼き払わせるという大胆な策で
さすがの西郷隆盛首相も、日本軍を江戸に入れられませんでした
もし、大阪に次ぐ、第2の都市江戸が焼の原になったら
西郷隆盛首相の責任問題です
大名達に恩を感じている議員達によって
解任されるのは間違いありませんでした
これには、西郷隆盛首相も、参ってしまったのです

それで、駿河の国の駿府城で
西郷隆盛首相と勝海舟が、1対1で会談して
江戸城開城の手筈と徳川宗家の今後などについての交渉を行い
江戸城にいる徳川武士は、全部追い出して
一旦江戸城を解放する事と
徳川慶喜は、最初から、政府に反乱する意志派はなかったので
その罪は、問われずに
大名の地位を放棄して
上院議員になる事で、決着をつけようとしました
一端は、話は、それでまとまろうとしていたのです

だけど、この時に、大久保利通内務大臣によって
大きな横槍が入りました
大久保利通内務大臣は、西郷隆盛首相に強く進言して
徳川家から、江戸城を奪い、相模と武蔵の国を
完全に召し上げる事を提案しました
この二カ国は、完全な国の領土して
上院議員になった、徳川家が
他の家の上院議員のように
国元に大きな影響力を持てないようにすべきだと言ったのです

しかも、大久保利通は、西郷隆盛首相に
江戸城に、京都にいる天皇が入る事を提案しました
天皇を京都から移す事で
京の公家や関白の豊臣家からも
天皇を離す事を提案したのです

それで、西郷隆盛首相は、これを強引に
勝海舟、坂本龍馬に呑ませようとしましたが
徳川家の家臣だった、勝海舟は
それでは、徳川家の面目が立たないと言って
絶対に認めようとしませんでした

しかも、それに、勝海舟と一緒に来ていた
坂本龍馬も同調して
西郷隆盛首相が、強引にそれをしようとしても
自分が、自分の同志の議員と反対して
絶対に、過半数は与えないので
この法案は通さない
西郷隆盛首相の今回の行為を
命がけで糾弾すると脅しました
二人は、死ぬ覚悟だったのです

それで最後には、西郷隆盛首相も折れて
相模と江戸城の周辺という事で
最終的な決着がつきました
江戸城は、無血で開城される事になったのです


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
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2011年10月14日

708号「明治維新」

今が、ますます幸せだと気がツクには708号
明治維新
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
豊臣秀慶が、大政奉還を実現した二日後
9月15日、勝海舟首相に変わる議員達による
首相総選挙が行われ西郷隆盛が
小栗上野介を大差で破って
日本の首相になりました

西郷隆盛は、豊臣秀慶が提案した大政奉還に
不賛成の為に
一時は、小栗上野介候補に
迫られる勢いでしたが
大政奉還を全面的に、承認する決断をした事で
坂本龍馬を中心とした土佐派や勝海舟派などの
穏健の改革派の議員達が
再び、支持してくれた事で勝利しました
極めて異例な事でしたが
島津藩の下級藩士だった西郷隆盛は
日本の首相になったのです

また、それと同時に
年号も、明治と改めらました
大政奉還が実現した事で
いよいよ日本は、新しく生まれ変わると言う事で
関白の豊臣秀慶が、最後の置き土産に
孝明天皇が亡くなった後の朝廷に働き掛けて
慶応の年号を変える事を求めていました

それに対して、孝明天皇が亡くなった後
孝明天皇の第二皇子で
まだ幼さない天皇を擁している朝廷は
関白豊臣秀慶の願いを聞き入れて
慶応という年号から
明治と言う年号に改めてくれました
豊臣家は、大政奉還によって
日本最大の大名という地位を捨てて
議員、内閣に対する大きな影響力を失いましたが
天皇家に対する力は、以前ありました
関白として、朝廷を束ねる力は
失わなかったのです

と言うのも、一部の朝廷の人間の中には
岩倉具視のように
西郷隆盛達、急進改革派と手を組んで
豊臣家を滅ぼして
大名の地位だけでなく
関白の地位も奪って
豊臣家から、朝廷の権限を
取り返そうと思っていた策謀家もいましたが
豊臣秀慶が、大政奉還を実行した事で
肩すかしをされました

西郷隆盛や、大久保利通は
完全に、豊臣秀慶が
政府に対する権限を捨てた事で
敵対心を無くし
関白の地位を、奪おうとは思いませんでした

それ以上は、豊臣家を追い詰めようとはしませんでしたし
その権限も、今度の大政奉還を認めた事で
議員や内閣にもありませんでした
それをできるのは、日本国民だけ
日本国民の3分の2の賛成が必要だったのです

しかし、豊臣家は、それで良くても
他の大名は違いました
西郷隆盛首相の最大の仕事は
日本の維新です
日本の根本的な改革です
その中でも、一番先に、改革する存在が
大名でした
西郷隆盛は、容赦しなかったのです

それで、日本全国の大名の中には
藩の財政が弱い、赤字の藩が多い
小大名を中心とした藩が激しく攻められました
藩の赤字は、許されず
藩の財政を、早急に健全にすることを求められたのです

だけど、それは、地方である藩の財政を立て直すだけが目的ではなく
西郷隆盛の親友で、内務大臣として、活躍している
片腕の大久保利通の策略でありました
どの藩の財政も、今の時代は、戦国時代から大きく変わった事で
苦しんでいました

と言うのも、もちろん、どの藩も、時代に合わせて
必死で、財政をよくしようとしましたが
藩を運営するのは、武士だけに限られていて
いろんな昔からの仕来たりや
武士の間の階級も邪魔をしていて
なかなか、藩政の改革もできませんでした
大久保利通は、そこをついて来たのです

なので、小さな藩や、豊臣家恩顧の大名の中には
主君である豊臣家に続けと
国民に、地方の藩の政権や、議員に対する権限を
返還しようとする大名が、続出しました

何故なら、西郷隆盛首相は、大名達に、主君である豊臣家と同じように
大名の権限を捨てて、上院議員になるように求めていました
それを行った大名の藩の財政は、すべて大名自身が負わなくていい
でも、大名として、今後も続けていくものは
藩の財政の責任は、大名自身に取らせると言ったので
大名の中には、豊臣家に続けと
大名を捨てて、上院議員になるものが続出しました
主君である豊臣秀慶が、自ら生き残る道を作ってくれた事が
大きかったのです

また、豊臣秀慶は、そんな後から上院議員になった大名達を
暖かく歓迎して、その者達と
上院議員の決まりを決めて行きました
上院議員の決まりを決める
委員会を何人かの有能な人達で作って
作って行こうとしましたが
時の西郷隆盛首相や内閣には
決して口を出そうとはしませんでした

西郷隆盛首相の方針に
反発している徳川家を中心とした多くの大名や
それを支持している反西郷隆盛派の議員の戦いに
賢明な豊臣秀慶喜は、決して巻き込まれないようにしていたのです


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
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2011年10月05日

大ニュースです 河内晢先生の新しいサイトが誕生しています

今が、ますます幸せだと気がツクには
大ニュースです
河内晢先生の新しいサイトが誕生しています
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
河内晢先生の新しいサイトが誕生しています
河内晢先生 Akira Kawachi
http://www.geocities.jp/joybraverman/kawachi_akira/

本当に、素晴らしいです
多くの済度人の力で
誕生していると聞きましたが
俺は、とても嬉しいです
こんなサイトが、誕生するのを
今や、今かと待っていました

しかも河内晢先生のサイトには
河内晢先生の写真も
たくさん紹介されていますし
動画もあります
晢晶も紹介されています
俺か言う事は何もありません

今後、俺の役目
縁の花やブログのお役は
この河内晢先生のサイトにリンクして
一人でも、多くの人に見て貰う事
繋げていく事です

是非、皆さんにも、一度は
いえ、何度でも見て頂けたらと思います
河内晢先生 Akira Kawachi
http://www.geocities.jp/joybraverman/kawachi_akira/


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
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2011年10月01日

707号「大政奉還成る」

今が、ますます幸せだと気がツクには707号
大政奉還成る
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
慶応3(1867)年9月9日
坂本龍馬議員と大阪城に会った翌日
宮中では、菊の節句の日
豊臣秀慶大名は、大名議員を集める緊急動議を
大名担当大臣に求めて、承認を得ると
伏見城で、大名議員を全員集めて
爆弾発言をしました
豊臣家が今まで、朝廷に任されていた政権の権利は
国民に、委ねると言うのです

しかも、豊臣家は、率先して
大名として持っている
地方の権限や、議員を選ぶ権利は返上して
上院議員になると言うものでした
今まで、地方税として国民から年貢、税金を取っていた大名が
今後は、国民からの税金、給与を貰う立場になったと言うのです

他の大名議員や、大名から選ばれて大名議員になったものが
びっくり、仰天するのも無理ありませんでした
まったくの寝に耳に水の話だったのです

なので、豊臣秀慶から、事前に相談された
豊臣家の重臣や大名担当大臣も、豊臣家恩子の大名、大名議員も反対して
豊臣秀慶を説得しようしましたが
無駄でした
豊臣秀慶の決意は、覆る事はありませんでした
英明な豊臣秀慶には、坂本龍馬の言うように
今の時代に、大名家が生き残るのは
大名の地位を捨てて、新たなものになるしかない
それには、上院議員が、一番、最適だと思っていたのです

また、その豊臣英慶の大政奉還には
勝海舟首相などの大名、大名議員達に選ばれた
勝海舟内閣は、大賛成でした
日本の為の豊臣秀吉公以来の
大英断だと称え
大名議員議会で
早速、一切の修正はなしで
緊急の可決を求めました

9月15日の首相総選挙の前に
議員議会に可決されるには
9月9日か、10日に
可決しないと間に合わないので
9月9日に、緊急議案として求めたのです

しかも、その豊臣秀慶の案に
大名議員は、反対しようにも
なかなかできませんでした

というのも、豊臣秀慶の案は
あくまでも、豊臣家単独でする事でした
他の戦国大名に、従う義務はありませんでした
なので、大名に選ばれた多くの大名議員も
国元の藩主に、意見を聞くと言う言い逃れもできませんでした

何故なら、あくまでも、豊臣家が、単独でするという事
主君である豊臣秀慶の英断に
一応、家臣である大名議員が、反対する事など
許されなかったのです

だから、9月9日、豊臣秀慶の大政奉還は
伏見城で、大名議員達の、満場の拍手の元
圧倒的な賛成で可決されました
勝海舟首相や各大臣は、主君の豊臣秀慶に
恥をかかせてはいけないと
全議員の賛成を求めていました
それで、豊臣家の事を思って、涙ながら棄権した5票以外は
全員賛成して
議員議院に送られたのです

また、その大政奉還の案に
驚いたのは、西郷隆盛でした
坂本龍馬議員が、勝海舟首相の元で
大政奉還という策を実現しようと
こそこそと動き回っている事は知っていましたが
そんな事は、実現するはずがないと
鼻で笑っていました
いくら龍馬でも、そんな事ができるはずがない
誇り高い、自分を偉ぶっている豊臣秀慶が
応じるはずがないと思っていたのです

でも、何と豊臣秀慶は
土佐藩から建白されたものを
あっさり受け入れ
その日、早速大名議会で
緊急動議して、圧倒的な賛成で
可決してしまったのです
その早技に、西郷隆盛は
何もできなかったのです

しかも、その豊臣秀慶の英断で
西郷隆盛が有利だった首相総選挙の風向きも
一夜で変わってしまいました
豊臣秀慶の大政奉還を
受け入れるか、受け入れないかが
一番の総選挙の争点になってしまったのです

その上に、豊臣秀慶の策か
坂本龍馬の策なのか分かりませんが
狡猾なのは
豊臣秀慶が、今度の首相が決まる15日の前に
議員議会で、可決、承認されなかったら
一切、白紙にする事も
大名議会で可決され、承認されていた事です
大政奉還は、一切無効になってしまうのです

なので、西郷隆盛は、早急に決断する必要がありました
対抗馬小栗上野介は、早速賛成を宣言して
9月13日の議員議会で
緊急議案として、可決する事を約束し
西郷隆盛は、そんな大切なことを
議員の議会で、協議も十分にせずに
すぐに決めるべきでないと反対を匂わせても
許される雰囲気ではなかったのです

また、その上に、この豊臣秀慶の大政奉還の決断に
涙を流して、秀慶公、よくぞ決断された
この人の為に、命をかけると
多くの仲間の語ったと言われる坂本龍馬は
命がけで、大政奉還を、議員議会で認めさせようとしていました

その為に、坂本龍馬は、各議員や大名を積極的に回ると
この大政奉還の賛成を求め
土佐藩だけでなく、西郷隆盛などの改革派と
豊臣家などの保守派の対立を本当に心配していた
中間派の議員を大きく動かしました
多くの議員が、これで、坂本龍馬の言うように
西郷隆盛達と、豊臣秀慶の対決は避けられるとほっとしたのです

それで、大勢を見ていた西郷隆盛も
長州、土佐、改革派の仲間と評議して
12日には、賛成を表明しました
議員の立場で考えたら
大名の干渉を受けないという事は
どの議員にも悪い事でないし
どの政権にとってもよい事でした
反対する理由はありませんでした

しかも、自分が、考えていた大名に対する改革案よりは
手ゆるいものでしたが
自分の考えとも一致している事も多かったです

なので、豊臣秀慶にうまくかわされたのは
悔しかったですが
西郷隆盛も納得しました
何よりも、もし、ここで、自分が反対したら
首相総選挙で、小栗上野介に敗北する勢いだったのです

だから、9月13日、議員議会でも
豊臣秀慶の豊臣家の大政奉還は
圧倒的な議員の拍手と
賛成票で、可決されました
大政奉還は成って
日本だけでなく
世界の人々、欧米人にも
無血革命だと、驚かせ
日本人の評価を高めたのです



◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
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706号「坂本龍馬議員熱弁する」

今が、ますます幸せだと気がツクには706号
坂本龍馬議員熱弁する
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
坂本龍馬が、豊臣秀慶と会ったのは
慶応3(1867)年9月8日でした
勝海舟首相に連れられて
大阪城に入って
豊臣秀慶と始めてあったのです

また、その時から、龍馬節が炸裂していました
坂本龍馬は、喋ること、喋る事
マシンガンのように喋って
本当に型破りな面白い男として
大名の中でも、魅了されているものもいました
何故か、惹かれて、好きになってしまうのです

しかも、今日の坂本龍馬には
豊臣家に対する愛情にあふれていました
一介の百姓から、織田信長に召し抱えられて
天下人になった秀吉が
死ぬ際にした、大名による議員システムを
坂本龍馬は、歴史の奇跡だと、高く評価して
豊臣秀吉を尊敬していました

その豊臣秀吉のおかげで
その後、270年以上も
日本国内では戦もなければ
大名家の取り潰しもありませんでした
ずっと、平和を保つ事ができたのです

だから、平和を愛する坂本龍馬議員は
その豊臣家を、後世にも残す事は
今の時代の人達の最低の役目だと思っていましたし
それが、自分の藩の藩主
長宗我部豊信(容堂)の願いでもありました

聡明な藩主である長宗我部豊信(容堂)は
このまま、西郷隆盛が、首相になったら
改革派と保守派、議員と大名議員
政府と地方が対立して
豊臣家は、大きな戦乱に巻き込まれる事を
心配していたのです

だから、坂本龍馬議員は、土佐藩の後藤象二郎議員にも見せた
船の中で、考えた、大名に対する
船中八策を提案しました

1、1万石以上の大名は、全員、上院議員として
国の議員として身分は、保障される事
その時の議員票は、藩の石高などで決め
日本国が戦争する時は、上院議員の半数以上の
賛成も必用とする事
2、上院議員は、永久職として、選挙もなく
各家で、議員の人選を任され
下院議員の、不正や、汚職の調査や
下院議員から、依頼された事を
職務としてする事や
地元の国、神社でされる6月2日の慰霊祭
8月18日の豊国祭を運営していく事
3、各大名は、各藩の自治権を
全部、地方に委ねること
4、ただし、16年後の4年間は
国民の半分の賛成を得られたら
下院議員から、国政の政権を任されて
上院議員が、政府の政権の人選を選べる事
その時は、上院議員、下院議員は両院で
日本国の政権を運営していく事
5、上院議員は、議員として、高額の手当てと
十分なスタッフを与えられる事
6、地方に対しても、大名は、16年後の4年間
地方の自治を任され
優秀な人材によって、地方議会と共に
運営していく事
7、上院議員は、16名程、4年間4期、16年の間
下院議員に、無条件に、議員を派遣できる事
8、地方に対しても、10分の1の役人の人事権は
各大名に与えられる事

これが、坂本龍馬議員が、豊臣秀慶に提案した案でした
坂本龍馬議員は、この策を説明しながら
豊臣秀吉が、戦を絶対にしてはいけないと言う願いは
どんな事をしても守らないといけない事
慰霊祭、豊国祭は、大名家がやっていかないといけないので
絶対に、大名家は残さないといけない事
上院議員が、一切の利権を捨て、国民からの手当てで
国民の意志で、政治に係わる事ができたら
そんな上院議員の存在は、今後の日本の国にとって
大きな財産になると言う事を
必死に、豊臣秀慶を説得しました

こんな上院議員の立場を、大名家が得るには
今しかない
今、大名が自発的にするしかない
それを、できるのは大名の主君である豊臣家である
豊臣家が、その英断をされた時は
今後も、上院議員のリーダーとしてやれる
坂本龍馬は、そう、豊臣秀慶を煽てたのです

そして、坂本龍馬議員は
各大名が、それを受け入れるのは無理なので
まず、豊臣秀慶が、決断して
豊臣家が、実行して欲しい

そうすれば、大名議員達は、驚いて
自分達も、そうなる事を
恐れて、止めようとしても
主君である豊臣家の意見に逆らって
大名議員が、反対票を投じる事はないので
すぐに大名議会では、可決するだろう

それが、可決したら
後は、この自分が、西郷隆盛、桂小五郎を説得して
9月13日、14日には
必ず、議員議会でも、可決させる
もし、西郷隆盛が、納得しなかったら
自分や土佐藩の中心とした議員や
自分の意見に賛成してくれる議員は
9月15日、首相総選挙では
盟約を破って、西郷隆盛ではなく
小栗上野介を押すと約束しました
坂本龍馬議員は、薩摩、長州の同志を裏切る事で
将来、暗殺される事も覚悟で
命がけでやろうとしていたのです

なので、豊臣秀慶は、そんな坂本龍馬の気迫に押されると
暫し待てと言うと、坂本龍馬から離れて
出ていきました
豊臣家の家臣の意見も聞いて
真剣に、この事を考えようと思ったのです


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705号「大政奉還」

今が、ますます幸せだと気がツクには705号
大政奉還
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
豊臣秀慶が、大政奉還と言う策を初めて聞いたのは
慶応3(1867)年9月7日でした
9月15日の間までは、首相である勝海舟が
大阪城まで訪ねて来て
人払いをした上で
直接、説明を受けたのです

また、その策は
大胆な策で、豊臣秀慶は、最初に聞いた時には
激怒しました
勝海舟首相は、このままでは西郷隆盛が
次の首相になって
政権を握るのは確実で
そうなったら、大胆な改革
大名の議員管理委員会や
豊臣家、大名にも
大きな改革を迫ってくるので
その前に、こちらから大胆な策を
打ち出そうと言うのです

しかも、その案は、大政奉還と言うもので
天皇家から、豊臣家を中心した今の大名が与えられている
政権を運営する権利を
国民に、渡そうと言うものでした

すなわち、豊臣家を中心とした大名は
議会に対する干渉を
大幅に止めて
もっとも大きな権利である
議員を選ぶ権利も止めて
イギリスや米国のように
国民の誰もが選挙区の中で
立候補して
その中で、選ばれたものが
議員になって
四期でも、五期でも
なれるようにしたらいいと言ったのです
そうすれば、議員の不満も解消すると言うのです

でも、豊臣秀慶が、激怒したのは
その次に、勝海舟首相が言った言葉でした
勝海舟首相は、「これを機会に、豊臣家は
豊臣家の持っているすべての資産を
一部を残して
すべて国民、政府に渡すべきだ
年貢などを徴収する権利も
思い切って
地方に任せてはどうか」と言って
豊臣秀慶を怒らせました

そんな事をすれば
豊臣家は、大名でなくなってしまいます
一つの、どこにでもある家でしかすぎなくなります

言語道断だ
豊臣秀慶は、そんな事をぬけぬけと言う勝海舟首相に
今でも、斬り付ける程怒っていました
豊臣秀慶は、そんな事が、自分に分からないのかと
勝海舟首相に馬鹿にされている気がしたのです

だけど、勝海舟首相は、馬鹿になどしていませんでした
それよりも、豊臣秀慶は、秀吉公以来の英明な方だと
評価していました
自分とは、反りは合いませんが
先が見通す事ができる方だと
思っていました

なので、今の大名が選ぶ議会のシステムでは
日本は立ち行かなくなっている
今の大名は、もう、国家としては
必要とされず
滅びゆく運命だと言う事は
豊臣秀慶も、深く理解していると信じていたのです

だから、勝海舟首相は
激怒していた豊臣秀慶の怒りが収まるのを待って
「今なら、豊臣家は、自分達の選んだシステムで
今後も、政権を見守る事が出来ます
西郷隆盛が、首相になって
豊臣家と戦になったら
こんなものではすみません
その前に、すべての権利を放棄する
裸になって
国民に豊臣家を任して下さい
そうすれば、今後も、豊臣家も
全国の大名も、生きる事ができます」
勝海舟首相は、そう言うと
今後の豊臣家の生きる道を伝えました

それは、豊臣家を中心とした大名は
永久上院議員となって
今後は、国民の税金から
ある一定のお金を
貰うようにしたらいいと言うのです
給料、手当を貰うのです

でも、その代わりに
上院議員にも
国民の為に
働いて頂かないといけない

その何をやるかを
今、西郷隆盛首相が決まってしまう
15日の前
9月9日の節句の前に
豊臣家と大名議員で
決めてしまえば
後は、必ず、西郷隆盛、桂小五郎などを
説得して、議員の議会でも
必ず、承認させると
坂本龍馬は言っています
勝海舟首相は、そう言いました
この策は、龍馬の発案だと言う事を
明かしたのです

それで、豊臣秀慶も
興味を持ちました
土佐藩からの議員である坂本龍馬は
3回生の議員で
藩主の長宗我部豊信(容堂)の信頼もあり
武市半平太や、後藤象二郎議員、板垣退助議員にも信頼されていて
他藩の議員にも、信頼されていました

しかも、薩摩派の議員と長州派の議員を結びつけ
今は、薩長土肥と言う呼ばれる改革派議員の一人でした
薩土同盟を結び、西郷隆盛にも信頼されていたのです

だけど、それだけではなく
徳川藩、福井藩にも信頼されていて
全国に、坂本龍馬議員を信頼する議員はたくさんいました
何故か、坂本龍馬は、いろんな人物から人気があったのです

ですから、坂本龍馬議員が動けば、多くの票を得る事もでき
西郷隆盛にも負けない可能性もありました
とにかく、坂本龍馬議員には
まったく面識はありませんでしたが
豊臣秀慶は、勝海舟首相の頼みなので
翌日、会ってみる事にしたのです






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2011年09月30日

704号「豊臣秀慶の苦悩」

今が、ますます幸せだと気がツクには704号
豊臣秀慶の苦悩
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
慶応3(1867)年9月6日
豊臣秀慶は、大きな苦悩の中にいました
家茂の後を継いで、第15代目の当主になったものの
家茂の死去によって
時代の流れは、急速に豊臣家にとって悪化して
取り返しのつかない事になっていました

豊臣秀慶が、勝海舟の改革案をすべて葬ろうとした事に怒りを持った
改革派の議員や大名議員が、
大名議員の政権の任期が終わった後の政権
8月1日から始まっていた首相総選挙で
島津藩の元議員だった人望のある西郷隆盛を
首相に押していました

西郷隆盛なら、勝てると判断していましたし
実際に、西郷隆盛は、有利に展開していました
9月1日の第1回首相総選挙
9月5日の第2回首相総選挙でも
過半数は、取れませんでしたが
圧倒的な大差で勝利していました

なので、9月15日の最終首相総選挙は
残った島津藩の元議員西郷隆盛と
徳川藩の元議員小栗上野介の一騎打ちでしたが
ほぼ、西郷隆盛が勝つのは確実でした
小栗上野介は、頭の切れる優秀な人材でしたが
人望がなく、とても西郷隆盛に勝てるとは思えませんでした
多くの議員達は、今まで、自分達を縛っていた
大名達の議員管理委員会や大名の議員に対する制度の改革を
自分達を選んでくれた大名に逆らう事になっても
望んでいたのです

しかも、これには、政府の開国路線を支持しつつ
政府の改革を求めている対薩摩、島津藩を中心とした改革派議員達とは
何事にも対立して
敵対していた
仲の悪かった急進的な破約攘夷論の長州藩の議員を中心とした急伸的な議員達が
盟約を結んだ事も大きかったです
土佐藩の議員、坂本龍馬議員や中岡慎太郎議員の斡旋もあって
政治同盟が、慶応2年1月21日に誕生していました
世にいう薩長同盟の誕生です

その上に、その同盟の中で
大規模な政治改革が約束されていました
薩長同盟で、初めて、自分達を監視している
議員を、選んでいる大名達の議員管理委員会の改革が
約束されていて
豊臣家の持つ政治の権利も
大幅に、奪われようとしていました

また、豊臣秀慶にとって困った事は
本来なら、議員には、大名で作る
議員管理委員会に対して
何かをする資格はないのですが
豊臣秀茂が、急進派の議員達に押されて
約束していた事です
次の議員の政権での元で
石田三成首相の時から
270年ちかく続いていた政権の中で
初めて、議員選挙委員会、大名達の改革を
されようとしていたのです

なので、勝海舟首相の後に
もし、西郷隆盛が首相になったら
大変な事が起きる可能性がありました
西郷隆盛は、可愛がられていた藩主で
亡くなった島津斉彬首相の教えで
議員管理委員会や議員制度改革を
本気で、しようとしていたので
何をするか分からなかったのです
下手をしたら、西郷隆盛は
首相になったら
日本軍を動かしかねない
聡明な豊臣秀慶は、その事を恐れていたのです

でも、豊臣秀慶が、必死で動いても
西郷隆盛の勝利は、覆る事はありそうもありませんでした
それぐらい、この時の西郷隆盛は、決意を固め
エネルギーギッシュで
オーラが溢れていました
とても勝てそうではなかったのです

しかし、そんな西郷隆盛の決意を
豊臣秀慶以外に唯一分かっていた人物がいました
それが、坂本龍馬の存在でした

坂本龍馬は、西郷隆盛とも親交があって
西郷隆盛の心にある深い決意を理解していました
西郷隆盛は、首相になったら
戦をしても、今の日本の体制を壊そうとしている
自分を引き立ててくれた、唯一の藩主
島津斉彬公の意思を
自分は、どんなに悪者になっても
やり遂げる決心だと思っていたのです

しかし、それは、坂本龍馬の考えとは
大きく違いました
坂本龍馬は、日本に、内乱を起こしてはならないと思っていました
西郷隆盛が、日本の首相になって
日本の軍を動かして
反対勢力の豊臣家や多くの大名と戦ったら
軍の装備が違うので
簡単に、制圧できる事は分かっています
内乱と言える程のものでもないのです

だけど、そんな事をしたら
恨みが残ります
豊臣家の人々も、潰された戦国大名の人達も
新政権を許さないでしょう
長い間、恨みは、ずっと残るのです

しかも、豊臣秀吉が
死ぬ際に作った
日本の独特の議員制度と
戦国大名の存在が
消滅してしまいます
坂本龍馬は、それを何とか残したいと考えていました
今の時代、もう戦国大名も、武士自体も必用ないですが
何とか、遺恨が、残らない形で
新しい制度を作る事はできないか
そう真剣に考え、行動していたのです



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2011年09月24日

703号「勝海舟首相の改革」

今が、ますます幸せだと気がツクには703号
勝海舟首相の改革
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
井伊直弼首相が、水戸の武士を中心とした人達に襲われた事で
重症の為、後を継いだのは、副首相をしていた安藤信正でしたが
日本は、初めて大きなテロが起きた事で動揺して
何も決められない国になってしまいました
調整型の人物が、求められて
強烈な指導力を持った人物が、日本の首相になる事はありませんでしたし
そんな人物が、大名が選んだ議員の中にはいなかったのです

しかし、その反面、井伊直弼の後
再び、日本の首相、政治家を襲う人物もいませんでした
その当時の武士が持っていた武器、刀、鉄砲は
時代遅れで、日本の警察、軍が持っていた武器とは
大きな差がありました
日本政府は、首相、大臣に対する警備を強化して
武士が、集団で襲っても、成功する見込みは無くなっていたのです

だけど、一番の理由は、議会がある事でした
過激派の藩、長州藩や佐竹藩からも
自由に、自分達の意見を言える議員を
議会に送れる事ができました
特に、そうせい公と家臣から呼ばれ
愚公だと思われていた毛利敬親公は
吉田松陰を、何故か、異常に信頼して
重用した為に
長州藩からは、吉田松陰の松下村塾の弟子である
過激な思想の人物、桂小五郎・久坂玄瑞・高杉晋作・
伊藤博文・井上馨・大村益次郎・吉田稔麿・山形有朋などを
次々と議員に送りこんで
自分達の意見を、政府に主張していました
秀吉の時代には、大藩として、120石の国高を持ち
その後も、新田開発なので、200万石を持っている長州藩では
多くの議員を、議会に送り込む事も可能だったのです

それに対して、日本政府も、豊臣家も
議員管理委員会も
何も反対しませんでした
そんな権限はなかったのです

だから、桂小五郎・久坂玄瑞・高杉晋作達は
議会でも、大暴れしていました
過激な発言を繰り返し
時の首相を困らせていたのです

しかし、そんな過激な意見は
議会では、大きな勢力にはなれませんでした
徳川藩の改革派、豊臣家の適塾派、佐竹藩の水戸派
長宗我部藩の武市半平太派、島津藩の改革、斉彬派の中に
賛同する議員がいましたが
大抵の藩の議員は、保守的で
桂小五郎・久坂玄瑞・高杉晋作達を
毛嫌いする議員も多かったのです

でも、時代は、大きな変革を求めていました
日本を取り囲む欧米諸国は待ってくれず
国内で、紛争している日本を狙っていました
日本は、島津斉彬首相によって
何とか守られた外交の成果を失われようとしていたのです

だけど、日本政府にいる数少ない要人も
必死に日本を守ろうとしていました
特に、大名の中心である
豊臣家は、責任感があって
必死でした
当主である14代豊臣秀茂は
能力的には、自身は、優れていなくても
人望に優れ、私欲に捕らわれずに
日本の舵を任せられる人物を首相にして
日本を任せようとしていたのです

そして、16年間の議員達の政府の後
4年間、戦国大名達が任される人物が
日本の首相になれる時
豊臣秀茂が、豊臣家の家臣や
他の戦国大名達の大反対を
初めて、押し切って
日本の首相にしたのは
大ほら吹きとしても有名だった
徳川藩の元議員だった勝海舟でした
豊臣秀茂は、何故か、勝海舟と、そのお弟子と言う
風変りな長宗我部藩の自由人、坂本龍馬議員を
気にいっていて
日本の首相に据えると
自由に、政治をさせていたのです

でも、そんな勝海舟首相を持ってしても
日本の改革は進みませんでした
勝海舟首相は、陸軍よりも、海軍の大幅の拡張
高杉晋作議員、大村益次郎議員の提唱する
武士だけでなく、百姓、町民などの国民の徴兵制度
議員制度と議員管理制度の改革などを
豊臣秀茂の理解と
議員の改革派の支持で
実行しようとしましたが
大名議会、議員議会の大反対で
まったく成立しようとしなかったのです

また、そんな中で
日本の将来を憂いていた豊臣秀茂は
心労のあまり、大阪城で
妻である孝明天皇の妹、和宮親子内親王に見守られて
急死してしまいました
日本は、大きく混乱したのです

そしてそんな中で、豊臣家の当主は
第15代藩主として、秀茂の遺言で
豊臣秀慶がなりました
秀茂と和宮の子供、幼い亀之助は、まだ2歳で
16代当主は約束されていましたが
この難局の当主は務まらないので
豊臣秀頼の側室の子だった国松の血筋で
英明を称えられた豊臣秀慶が当主になったのです

でもそんな豊臣秀慶も
何もできませんでした
秀茂が死んだ後
豊臣家を中心とした大名の政権に残された任期は
1年もありませんでした

これでは、豊臣秀慶は
反りが合わない勝海舟首相を辞めさせる事はできませんでした
そんな事をしたら、勝海舟首相を支持しているグループが
納得するはずがなく
ますます大混乱をするのは
間違いありませんでした
豊臣秀慶は、その手腕を発揮する事はできず
時の流れに任せるしかなかったのです

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読んでいる読者の背景にいる存在が
どんどん救われています
皆さんも、多くの霊達や御霊達を自然に救えているのです
そんなすべての魂を癒す、ある究極のすごいエネルギーも届けているのです
今は、肉体意識なので分からないと思いますが
きっと、あの世に帰ったら分かります
ものすごく感謝されると思います
是非、俺を信じて、どんどん読んで下さい
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posted by キク at 15:45| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 俺の『JIN-仁-』トヨトミ家の復活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月21日

702号「すべての魂の親の話2」

今が、ますます幸せだと気がツクには702号
すべての魂の親の話2
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「ただ、それでは、済度の先生が、すべての魂の親かと言えば、その明確な証拠がある訳ではないです。俺に、それを証明しろと言われても、できません」

「しかし、考えて欲しいのです。毎回、講演の最後、ドラマ水戸黄門で言えば、印籠を出す時間の頃に、済度の先生は、必ず、自分の名前の話から、あっさりと、自然体で、自分が、魂の親だと言いますね」

「これ凄い事だと思いませんか。いえ、皆さんは、そんな存在がいると言う事が理解できても、嘘でも、自分は、すべての魂の親だと、多くの人の前で言えますか。言えませんよね」

「人は、自分が、想像できる事はいえても、想像できない事は言えません。幸福の科学の大川隆法さんのように、自分は、再誕の仏陀だとか、サイババのように、自分は、神の化身、自分はシルディ・サイ・ババの生まれ変わりだと言えても、すべての魂の親なんていう人はいませんよね。そんな存在は、今まで、誰も言わなかったので、想像すらできなかったのです」

「でも、済度の先生は、それを自然体で言えます。これ、考えたら、凄い事だと思いませんか。しかも、日本で言う、最後の一厘、世界で言えば、救世主ですが、日本、世界を救いたいと思っている人、精神世界の多くの人が必死で探しています。ある人は、それは、日本の天皇とか、何かの画期的な技術、何か新しい思想、団体だと考えて、20年以上も前から探していますが、多くの人が、認める存在は現れていません。2012年まで、後、1年だと言うのに、それは現れないのです」

「何故なら、本人が、自ら、名乗ってくれないからです。もし、今上天皇様が、平成天皇が、自分が、救世主だと言ってくれたら、面白いと思いますが、天皇の立場では、そうであっても、言えないですね。技術や、思想には、口はありません。なので、分からないのです」

「だけど、済度の先生は、言ってくれます。嘘だと思うなら、皆さんも、直接、聞いて見て下さい。あなたが、最後の一厘ですか。あなたのエネルギー、チョンが、最後の一厘の正体ですか。そう聞いて頂けたら、「そうです」と答えると思います

「しかも、その済度の先生ですが、ここで、皆さんに質問です。済度の先生が、すべての魂の親か、どうかは別として、皆さんは、済度の先生は、本気で、自分は、すべての魂の親だと思っていると思いますか。それとも、本心は、自分は、すべての魂の親かなと疑問を持っている。嘘をついていると思います。俺は、本気で、済度の先生は、自分は、魂の親だと思っていると思いますよ。100パーセントです。これは、疑っていません」

「だから、済度の先生が、すべての魂の親か、どうかは、済度の先生が、嘘を言っているのか、言っていないのか、済度の先生は、妄想者か、そうでないのか、どちらか、二つに一つになります。中間はないですね。と言うのも、世の中には、自分は、本当に天皇の隠し子だとか、神がツイテいると本気で、思っている人は、ごくわずかですが、います。一番、たちがわるくて、これで、騙される事になるのですが、一種の病気なんです」

「それで、俺は、途中、お休みした事もありましたが、平成6年の1月に縁を頂いて、今年が、23年なので、もう17年を超えますが、済度の先生は、妄想者とは、どうしても思えません。
皆さんは、どうですか。思えますか」

「しかも、済度の先生は、自分が、すべての魂の親だと言う事を明かしてから、もう30年になるのかな。それで、偉そうにしたり、マスコミなどに、積極的に、売り込んだりしていますか。済度の先生の名前を、何かの媒体を通して、聞いた事ありますか。ないですね。この何十年、済度の先生は、まったく変わりません。自分を失わないのです。こんな人が、妄想者とは、思えないですね」

「何故なら、皆さんは、すべての魂の親だとしたら、そんな事に耐えられますか。すべての魂の親と言ったら、間違いなく、一番偉いですよね。でも、そんな自分を、誰も認めてくれません。必ず、俺は、偉いんだとか、派手な衣装を着て、自分を見せびらかそうとします。マスコミにも、俺は、すべての魂の親だと宣伝したくなるものですし、マスコミに叩かれたら、もう出ようとはしません。自分に自信がないのです。それが、妄想者の特長です。本物ではないのです」

「その上に、すべての魂の親は、何をしているかと言ったら、この宇宙全体の霊達、皆さんの背景の那由他桁の霊達、人類すべての霊達を、自分が、全部救うと言っているのでしょう」

「皆さんではないですよ。人には、霊は救えません。よくテレビで、霊媒師とか、坊さん、キリストのエクソシストさんが、出てきますが、自力ではしていません。掴む事もできない霊をどうやって救うのですか。いえ、祓うのですか。それは、できる、できないは、別として、神、仏の力を借りてしています」

「それと同じように、我々も、霊を救う力はありません。でも、済度の先生の力を借りたら、済度の先生が、全部、救って頂けます。その橋渡しをするにすぎません。例えば、皆さんの周りに、飢えている人がいるとします。その人に、済度の先生が、自分のお金で、買った、弁当をあげなさいと言われて、あげたら、飢えた人は喜んで、食べたとします。それで、その飢えた人には、弁当をあげた人が、命の恩人になります。それをさせてあげようというのが、済度なんです」

「だけど、こんなこと、皆さんが言えますか。全部の霊を私が救うから、私をイメージして下さいなんて、言えますか。俺は、とてもじゃないけど、言えません。そんな事、本気で言って、霊が、来たらどうしますか。俺は、とても怖くて、怖くて、できませんし、たぶん、皆さんも、同じだと思います」

「普段、俺に縁ある霊達、有縁霊を全部、全部、ツイテ来いと心から思えるのは、済度の先生が、全部救ってくれると、心から信じているから言えるのですね。済度の先生は、すべての魂の親なので、それができると。だけど、自分は、救えないので、最後は、全部、霊達は、済度の先生の所にいくと思っています。いえ、俺は、真底そう思って、全部、真剣にふっています。霊達に、済度の先生、すべての魂の親の所に、行きなさい。そうしたら、救われるよと思っているのです」

「けれど、それは、俺だけではありません。皆さんも、同じです。しかも、皆さんも、俺も、どうですか。霊の存在信じていますか。そんなものは、本当はいないと思っていますか。そんな事ないですよね。という事は、そんな皆さんの気持ちを信じて、毎日、毎日、膨大な数の霊達が、済度の先生の所に行っているという事です。そんな事、皆さんは、何日もできますか。たぶん、普通の人なら、すぐに倒れてしまうと思いますし、俺は、最初から、パスします」

「いえ、何か悪い事が起きたら、必ず、霊達の責任にして、すぐに止めてしまいます。霊達を祓おうとします。気になって、気になって、夜も寝られなくなります。済度の先生と、我々の差は、本当に大きいのです」

「それを、済度の先生は、30年もやっています。また、よく霊媒師とか。霊を見える人、テレビで、登場しますね。オーラの泉で、人気のあった江原啓之さんとか、宜保愛さしん、織田無道さん、今、どうしていますか。何か、途中で消えてしまいましたね。最初は、能力あったのかもしれませんが、途中で、霊達に頼られて、おかしくなっていますね。霊達を救ってもいないのに、一体の霊達の霊の声を聞いたり、祓ったりするだけで、何十体も扱っていないのに、おかしくなるのです。明石家さんま、ビートたけし、たもりとは、えらい違いとは思いませんか」

「それで、霊達を扱う人達や、霊を理解している宗教家達には、済度の先生は、不思議で仕方ないそうです。口には、出しませんが、あれだけ、自分が、霊を救うと言っていて、どうして、平気なの。脅威の存在でしかないのです。霊達の事を理解しているなら、信じている人なら、そう思うしかないのです」

「また、普段の済度の先生、どれだけ凄いか。皆さんも、聞いているでしょう。毎日、朝は、2時半には起きるのかな。自転車で、1時間もかけて、3時50分前には、金沢の済度場に着きます。一日も休まずです。その上に、済度で、どんなに遅くなったとしてもです。睡眠時間、1時間、2時間でも、金沢にいる時は、休みません。もし来なかったら、大変で、大事件になります。皆さん大騒ぎになりますが、そんな事は、阪神大震災の時だけだと聞いています」

「それに7月から10月は、海には、陸上よりも、多くの生物がいますし、タイタニック号とか、海の海戦、水難事故、今度の地震の津波で、亡くなった人達を供養するという事で、海の済度というものをしていますが、これなんかもすごいです。普通の人には、朝の8時、9時から、夕方まで、海にいる遊び人にしか見えませんが、実体は、まったく違います。いくら海が好きでも、毎日、7時間、8時間も、何カ月もいられる人なんていません。それは、外部からは決して分かりません。縁のある人しか分からないのです」

「後、納税のロマンもそうですね。外部の人から見たら、怪しいとしか思えないですね。でも、実体を知ったら、全然違います。これを説明するのは、俺には、とても無理ですが、本当の真実、毎月、毎月、大きな金額を、国に納めている済度の先生の姿を知ったら、真実を知ったら、別に、何か、特別な奇跡は必要ないです。俺にも、十分分かりましたし、他の誰でも、十分に分かると思います」

「さて、他にも、一杯、一杯、話したい事がありますが、時間はありません。なので、最後に、一つだけ言いますと、済度の先生が、すべての魂の親なのか、どうかは、これは、皆さんが、判断して下さい。ただ、もし、そうだとしたら、こんなすごい奇跡、こんなとてつもない事が、他にあると思いますか。神を産んだ存在ですよ。それ以上の存在が、どこにいるのですか。宇宙にも、大霊界にも、いません。それに会えるのです。金沢に行けば、講演会とは違う、済度の先生の姿が見られるのです。是非、騙されたと思って、一度だけでも、金沢に行って頂けたら幸せですし、会った事がないと言う人には、講演会に参加して頂けたら嬉しいです。是非、生のすべての魂の親の存在を感じて頂けたら幸せです

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posted by キク at 12:19| 大阪 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 菊の講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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